箱舟が出る港 第二劇 三章 常央大学

murasameqtaro2007-11-08

「水戸南インターまで
あと1kです。
左車線に寄って下さい」
カーナビの声が聞こえると、
若い運転手は雑談から離れた。
「予定を少し遅れたが、時間は大丈夫かな?」
バックシートに座る初老の紳士が、
時計を見ながらウィンドウを少し開け、
風を入れた。
「なんとかなるでしょう。暑いですか?」
紳士の隣に座った歳の頃40代らしき精悍な風貌の男が、運転手の顔をルーム
ミラー越しに見つめた。
「暑いね。外は30度を越しているだろう。でもね、いくら冷房を強くしようが、
体感的には同じだろうね。そのままでいいよ」
手を小さく振る紳士。
「異質の暑さですね、今年は。妙に粘っこい・・・長くなりそうだ」
「マスコミの気配はありますか?」
「ありません。公安がちょろちょろしていたようですが、知った顔だ・・・都内で
巻きましたよ。ご安心なさって下さい」
「・・・公安に追われる首相か・・・一藁さんの仕業だね」
・・・貴方に何が出来ますか? 務まりますか? 心で微笑む紳士。
「ええ、官房長官の指示でしょう。あの老醜は総理の座をまだまだ諦めないと。
失脚させるべきネタはないかと探し回っているようです。公安を使うとは公私
混同、ハイエナ以上の執拗さです」
「まあいい。・・・あの人もいずれ解るだろう。しかしこの車は乗り心地がよいね。
私用車を私の使用に使わせて悪かったね。これも公私混同だよ。SPは給料も安
いだろうに」
紳士は話題を変えた。
「いえ、好きでご同行させてもらった、それだけの事です」
若い運転手が、はにかみを隠すように、ギアをセカンドに落とした。
―――グォン!!
ETCシステムを潜り抜けたスカイラインGTRは水戸市内を指す標識を左折した。






―――し・ん・え・い・た・い・ぃぃぃ(親衛隊)セイルゥ、上げぇっ!!
―――オスッ!!
―――た・い・こ・ォォォ〜(太鼓)よしなにぃぃぃ〜
―――よしなにぃぃ〜オスッ!!
――― 常央大学ゥ〜、應援歌ァ〜〜、いちばぁぁぁん〜、右手を上げてぇ〜
元気良くぅ!!
それっ!
ドン!! ド・ド・ド・ド・ドン・ドン・・・ドン!
ウリャァァ!!
―――あてになるのォは 應援團 應援団  紫匂うつくばやまァ 流れる
雲は何処に行くゥ まよっちゃいけぬ應援團 神たる山を仰ぎつつゥ 攘夷
(じょうい)の里がここにありィ 水戸の街にゃ 漢(おとこ)ありィ 流せよ
押せよ攘(てき)を夷(う)てぇ 常州心(ひたちこごろ)のォ 應援團 應援團
―――
―――オスッ!!
―――ドン! ドン!!
―――続いてぇぇ、三・三・七拍子ィ!!
―――オスッ!!
――― いち拍子ィ!!
―――ドン!!

常央大学本部棟屋上。
マリンブルーのセイル(大團旗)が、聖域を組み立てる。
長く歴史のある大團。
若き者達の、たくさんの血と泪と汗を知っている。
いちずに、ただひたすらに、揺れていた。