箱舟が出る港 第二劇 三章 常央大学

murasameqtaro2007-11-11

その石の正体を
付きとめよ。
市島典孝学長
じきじきの
【研究課題】
である。
形が似ている
アボガドをヒントに、
直ぐに解明は出来た。
硬さといえ、形色といえ素人目には、
一見石にしか見えない。
石などではなかった。
岩の表面が丸い模様と突起の集まり。果実のアボガドが岩になったら、こんな
感じであろうか。
正体はストロマトライトであった。
ストロマトライトとは、先カンブリア時代の地層に多くみられる石灰質の岩石
である。
形は様々だ。
化石としては水平のマット状のものから、何枚もの薄い層が重なったドーム状
構造のものや、枝分かれした柱状のもの、そしてアボガドに似ている楕円形
や、ほぼ丸いものなど実に様々だ。
現在の地球の大気には、21%の酸素が存在している。これは光合成を行う生物
の働きによって、酸素の量がふえた結果である。
25〜27億年前頃の地球。光合成を行う細菌や藍藻などの活動が活発となり、
酸素が大量に発生するようになったと言われている。
この頃に藍藻によってストロマトライトが作られる。
現在の海では、西オーストラリアのハメリンプールのほか、フロリダ半島やバハ
マ諸島、【バミューダ島ペルシア湾岸などに原生する事が知られている。


「市島先生、これを何処から手に入れましたか!?」
第1回目のレポートを市島に提出すると、咳き込むように疑問を投げた。
常陸那珂川・・・ひたちなか市に通じる開門橋から、西に約2k・・・粗末な
木造の小舟が、漂流していたらしくてね。立花と言うウチの釣り好きの講師が
船倉から見つけたのだよ・・・」
―――そして、冷凍睡眠された過去の人間もね・・・
市島は付け加えようと思ったが、まだ早いかも知れない。
揺れた首から下げた聴診器を、白衣の中にまとめた。
「なんですって? そんな馬鹿な。ありえない・・・すると小舟が、バミューダ島
などから沈没もせず流れて来たと? 一見化石に見える。だが、生きている事を
確認しました。生きている、そう・・・現生のものはバミューダ島、オーストラ
リアのシャーク湾、同じくセティス湖など、ごくわずかな水域のみで発見される
ものですよ? わざわざこんな物を採取し、舟に載せるなどの手の込んだ悪戯を
する暇人などが実際居るとも思えませんが?」
「私には解らない。・・・専門ではないからね。その謎を解明するのが君の研究
なのだよ。ストロマトライトか・・・学生時代聞いた名だ。ある種の遺言かも知れ
んね? ・・・君に対する・・・」
遺言? なんという形容をするのだろう。継ぐものが居ての、思い出だ。
髪はサイドのみ残っている。てかてかと光る市島の頭。眉間の縦じわが鋭いが、
眼鏡の奥の光は、以外に柔らかだった。
「地質学や海洋生物学などの先生方は他にもいらっしゃいます。精査すれば正体
は簡単に解明出来たはずです、私でなくとも。・・・なぜ私の仕事なのです?」
「君はすでに大いなる興味を持っているはずだ。俺だけがこれを研究したい、
とね。誰にも渡さないと。瞳を中心に体がそう語っているよ。まるでお彼岸の
晴れた空のようにね」
青い沖からどよめき返すものがある。
市島の目には、中肉中背の山下の輪郭が、幾重にも広がって行く様が見えた。