箱舟が出る港 第二劇  五章 MMVウィルス

2006年10月初旬。
筑波山大噴火の二日前の事だった。
長い長い夏は、いまだに海水浴を、人に求めさせていた。
大洗サンビーチ、阿字ヶ浦、大竹の三大海水浴場を擁する茨城の海。
夏の海水浴客として毎年全国一の人出を誇る。
7月から8月にかけて約200万人が押し寄せる。
ところが、今年はどうだ。10月というのに、海には大勢の人がいる。
潮は満つばかりで、引く気配がない。
連日の猛暑。
単純計算で少なくとも400万は訪れたはずである。



季節の変わり目を知る日本人(大和民族)は長い夏に戸惑った。
変わり目あって、心の平衡が保たれる民族といっても過言ではない。
8月より暑い中秋は、日本人の心をじわじわと変えて行った。
女たちは実に大胆になり、中にはトップレスで闊歩する者もいる。
埼玉からやってきたあるお坊ちゃん学生のグループは代表的な者達
だった。


三台のベンツに分乗した男女は6対6の12名。
大洗漁港内の岩礁にテントを張り、真昼間からナポレオンなどの高級酒を
ガブ飲みし、ロックをベンツのスピーカーからやかましく流し、半裸で
毎日のように騒いでいた。
―――うるせえぞ、この野郎ども!!
気の荒い地元の漁師たち。
ぶっ締めてくれる。半殺しにしてくれる。
いきまいてぶん殴りに行くが、決まって半端でない札束で追い払われる。
―――いやいや、気のいいアンちゃんたちでね。悪いことはしてねえから
よぅ・・・ま、いかっぺや、な?
未曾有の好景気に沸く海。海の家を経営する者にとってひと夏は勝負である。
たった2ヶ月で、一年分の収入を得る。天候がよければの話だ。
欲をかく。それ以上を求める人の心。
―――すいません。僕たち勉強でストレスが溜まってまして。少ないけどこれで
勘弁して下さい。
10万は少ないほうだ。ポン、とくれてやる。
金持ちのガキ共に、裕福とはいえない界隈の住民も、また他からやってきた
お客も逆らえなかった。金は天下の回り物。
半端でない金。くれれば誰もが黙る。核よりも強い至上最高の武器であった。


「今日は乱パをやろうや」
マリファナを咥えたやさ男が、膝に抱いた女の胸を撫でながら、ジョニ黒を
飲み干した。
「らっ・・・乱交パーティー? 僕の彼女も、君にやらちまうのかい・・・
それはちょっと」
理工系の顔つきをした眼鏡が少し、躊躇した。
「いいんじゃない?今年は特別な年の感じ。何をしても許される年なのよ。
10月なのにまだ夏。神様がもっと開放的になれと言って下さっていると
思うの」
十字架を首に下げた清楚な感じ漂う彼女が、他の五人の男の股間を見つめてい
る。
「僕を裏切る気か?」
理工系は眼鏡を外し、彼女の眸の奥を探した。
「ねえ、眼鏡君? あなた私を抱きたいと思っていたでしょう?チャンスは今年
しかないかもね?」
隣に座った体操部の女が胸を付き寄せた。
その彼である長い金髪が十字架の女をじっと見つめて
「君はまだ飲み足りないようだな? 人生なんて一度限りだ。好きな事しなきゃ
損だよ。幸い僕たちは全員支配階級の金持ちの家に生まれた。みろ、漁師や
ここの貧しい民を。奴らは欲張りな人生など送れない。特権が僕たちにはある。
何をしてもいいんだよ。この長き夏は僕たちの為にあるもんさ」
「・・・でも・・・」
理工系はまだ躊躇していた。確かに体操部のレオタードに欲情していたが、
結婚を誓った十字架の彼女がいる。
「じゃあ紳士らしく多数決と行こうじゃないか。乱パに賛成の者は手を挙げて
くれよ」
―――私の夏はこれきりなのかも知れない。・・・いや人生が・・・
なぜそう思うのか私にも解らない。
なら・・・なら・・・ごめんね・・・根拠なき不安だけど。
舐めた十字架に潮の味が、した。


白魚のような指が震える。
真っ先に上げたのが、自分の彼女だった。ちいさなビキニがいとおしい。
十字架のペンダントが汗を吸っていた。