箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

ディスプレイに写った物は川崎士郎にとってどうしても信じられなかった。
長いようで短かった画像。
500ミリのロング缶ビールを一気に飲み干し、呆けたように画面を見つめた。
そこには仕事上のデータだけが残っている。
ダウンロードすればよかったのか?
いや幻に違いあるまい。もう一本の缶を取りだした。


深夜二時。
冷たい汗が首筋に流れる。
あまり飲めない士郎だが一向に回らない。
衝撃の重さはアルコールなど受け付けない。
何杯飲んでも同じだろうとソファベッドに腰を下した。
心臓の深くで、ま白い表情なき小さな子供が、何人もで太鼓を叩いている。
死の国の盆踊りの前触れのように。
汗の匂いを感知したのか、一匹も居なかったハエがどこからともなく
川崎の小奇麗な部屋に侵入した。


持ち帰った仕事をエクセルに叩き込む。
もう二週間も同じ行為が続いている。
仕事は山積みだ。
大企業と言えど規定あり残業代などまともに出ないので、なるべく早く自宅へ
帰る。
しかし寛ぐわけにはいかない。帰宅し即横になったらクビになる。
時間がないでは済まされない。
21時に帰宅し、まともに食事もとれないまま、5時間が過ぎた。
朝7時になればまた、出社だ。睡眠時間は平均3時間。
残り5時間ほどしかない。
疲れが見せた幻影だろうと、今日は仕事をやめようとした時メールが入った。


・・・おい、シロー、起きているか? 今のは何だ?・・・
俺はチャットをやっていた・・・突然放送していないチャンネルのように
砂粒が舞った・・・テレビと違いPCでは絶対あり得ない現象だ・・・
起きていたら返事くれよ(;_;)/~~~


課は違うが常盤製薬では同期の男からだった。


エクセルのフォーキャスト関数を入れた時、砂粒の舞いの後・・・その絵が突然
現れた。
ネットに間違って接続したのかと調べたがそうではなかった。

深夜の海のようであった。
音は聞こえないが波が黒く盛り上がるのが分かる。
津波ではない。
大挙して何かが押し寄せるような巨大な跫音であった。
それは双方からやって来た。


船団だ!!
気がついたとき、戦闘機の姿が画面一杯に広がった。
操縦桿を握る男の顔がズームアップされる。
頭には日の丸の鉢巻をしている。
刹那画面は真赤な色に染まった。
こちら側まで飛び出しそうな血だった。
「うわっ、うわっ!!」
士郎は画面から後ずさりした。
白い頭蓋骨に湿疹のような血糊がはっきりと浮かび上る。
・・・映画などではない・・・本物の…ライブ中継だ・・・
戦闘機に乗る兵士は機銃で頭を撃ち抜かれたのだ。
打った者は星のマークを張った戦闘機であった。
戦争?いつの?
日本が戦っているとすれば、太平洋戦争しかない。
平成18年の晩秋に、昭和16〜20年あたりの「ライブ」が放送されている。
沈黙の画像だが肉眼で見るように実にじつに鮮明であった。