箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

・・・幻だったのかィ?
知流正吾は公園の中でぐったりとあぐらをかいた。
高月美兎が作った結界の中での戦いに勝利はした。
結界。
美兎が演出した舞台装置は濃霧より混沌としていた。
正吾は灯りを探した。
誘蛾灯に虫どもが集まる。
馬鹿暑い中秋。
光源までたどりつくが、ポトリと、落ち死に行く 。
街路灯に照らされた樹木の影が正吾の肩にゆわりと落ちていた。
彼岸花の日和はとうに過ぎている。
デジタルシティが俄かに蘇る。


美兎が演出した空間で、正吾は化け物を命がけで退治した。
幻などではない。
満身相異であらゆる箇所から血が流れている。
少ない力で、高価なシャツを破ると、鉢巻をして、血止めをした。
成就しないお見合いが、自分の責であるかのように。


戦いは確かにあったのだ。
退治した敵は何処に消えたのか・・・?
恋焦がれる美兎は何処に消えたのか・・・?
空には相変わらずの満月が対峙する。
恒常の暴れ者は超常を知る。
馬鹿でも現実を身篭る事もあらぁな・・・でも、俺の頭で理屈など解るわきゃね
えか・・・



根拠はない。
ないが正吾は思う。
一番みつけにくい所に隠れやがって・・


そこが・・美しいのか汚いのかは知らねぇ。
だがな、おめぇは、あの月にいずれ飛んで行くんだろう?
帰るんだろう? そんな気がする・・・


パトカーの咆哮が聞こえた。


「おっ、おい、君?大丈夫か・・・いったい駅前で何があったのだ?」
青褪めた若い制服の警官が腰を下ろし、正吾の目を見つめた。
一条の汗が印象的だった。
おそらく友部駅前へと駆けつける最中、正吾を発見したのだろう。
三人の私服が背後に続いた。
「・・・商店街の奴らに聞いてみろや・・・」
答える気力は、殆どない。
「無線での情報だが、大惨事のようだ。何人もの被害者が出ているようだ。
誰もまともな答えを出してくれないとの事だ・・・よほど怖いものを見たんだろう。
君も被害者だな? 何を見たのか? その血はなんだ?・・・というより救急車を
こっちにも廻して貰ったほうがいいかな?質問はその後でいい。良かったら使えよ
・・・」
警官はハンカチを渡した。
「・・・俺は警察が嫌いなんだ・・・構わないでくれよ、お巡りさん・・・」
「でかいあんちゃんが化け物を追っていったって、魚屋のオヤジさんが、
かろうじて教えてくれたようだ。オヤジさんその後寝込んでしまったってね。
周りの住民も似たようなもんだよ・・・阿鼻叫喚だ。蝿の化け物と言って
いる・・・」
「・・・だから、少し休ませてくれや・・・少し疲れただけだよ・・・
少しまてや・・・ハンカチをありがとうよ・・・あんたいい男だなぁ・・・
俺のような・・・男に・・・」
正吾のコウベは眠るように沈んだ。