箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

天空にさかさまの形で現れた地上。
その悲しげな草むらから隠れるようにして現れた祖母のロウのような影。
ゆっくりと弱々しく士郎に大島椿を見せたことが怖いのではない。
何かを告げようとしている祖母にむしろ懐かしさを感じた。
恐ろしいのは、どうして祖母が現れそんな行為をしたか、であった。
思うに霊界の存在を教えたには違いないが。


士郎は文系であるが、常盤製薬の管理部に所属し、理系に交じりサーバー
管理を仕事としている。
唯物論者ではなく、霊界を信じていた。
実家の秋田県横手には両親と祖父、兄夫婦がいて、帰省の度に一家で念入りに
仏壇や墓に拝む。
この夏のお盆も、そうだった。
・・・士郎やありがとね・・・ありがとね・・・
拝む度に土の中の祖母が話かけて来た気がする。



死んだら土になるのではない。
輪廻転生という概念が存在してこそ、この世の仕組みは、全て氷解するので
ある。
この宇宙の仕組みは死んで初めて理解出来ると士郎は信じていた。
閻魔大王のような暴君はいないだろう。たかが道端に唾を吐いて、地獄に落と
され、筋肉隆々の鬼に皮を剥がされたり、針の山を歩かせられるはずがない。
釈迦伝説の寓話である。
血もあり肉もある人間だったお釈迦様などでは物語だが、しかし何者かの審判は
必ずあるはずなのだ。
その結果が転生であろう。
ミミズや蚊、食べられる運命の牛、豚には転生したくない。
だから真面目に生きてきた。


神、上位存在は必ず居るのだ。
霊界が現実界に姿を見せ始めた。
隣り合わせた次元なのか?
果たして幽霊は存在し、あの世がある事を肉眼で見たのだ。
これは何か不吉な大きな事が起きる前触れではあるまいか?
子供の消滅、筑波山地震、MMVウィルス・・・そしてこれだ。
宇宙の仕組み、人はなぜ生まれ、なぜ死に行くのか?
どこから来てどこへ行くのか?
・・・大変な事が起こる・・・答えがもう直ぐ出る気がする、大災厄を
伴って・・・



士郎は同期の男からのメールを開いた。
【知りうる限りのチャット仲間にメールを入れた。また話もしたよ・・・
あれはミッドウェイ海戦らしい。知っているか?
友人に映像技術者が居るが、やはり合成画像ではないと言う。
誰かかスレッドを立てたようだ。
巨大掲示板が今パンク寸前でアクセス出来ないが、おそらく何分かの後、
テレビでもトップで扱うだろう。明日の新聞もこの現象を大きく扱うに違いない。
オオカゼと書かれた小型艦の後に見知らぬ赤ん坊が現れたよ・・・それは生後
間もないうちに死んだと聞かされている俺の姉らしい。ロウのようなま白いちいさ
な手で、俺の名を空に描いた・・・何かが始まるぞ・・・いやすでに始まって
いるのかも知れない】

※今のは何? 突然現れた過去の映像と幽霊※

確かに巨大掲示板には新スレッドが立ち、書き込みが物凄かった。


その頃知流大吾たち常央大学の精鋭と一匹の「捕虜」は約束の地に着いた。
茨城県高萩市郊外の山間部であった。
携帯電話器よりもっと小さなライターのような通信機を大吾は取り出した。
ボタンを軽く押すと相手が直ぐに出た。
「市島学長、知流です。化け物を捕獲の上、只今やまぐも計画の本拠地に参上
致しました。捕獲した時直ぐに連絡を入れたかったのですが、まだこの電話が
信用できませんでしてね」
慎重な団長だった。
「何?それは本当かね?・・・捕まえたというのか!?・・・よくやってくれた!!
すぐにストーンヘンジを開ける!」
どこにでも転がっているような石ころが三つ。
それを線で結んだように三角形の窪みが出来た。直ぐに三角錐になり、一度に
20人は乗れるだろう広い台座がウィーンという音を伴い出てきた。
日立鉱山の一角。
そこはかつて知流源吾、山中幸吉たちが掘った場所であった。



市島の声は上ずっていた。
続いて大林秘書に指示をした。
「やまぐも計画はとうとう霊界を捉えた。そして過去をコンピューターの中に
蘇生させる技術をようやく完成した。菊村愛さんの努力がとうとう報われた。
山下道則君の手により、世界中に流した。そして標本も補足したらしい。あるい
は人類に勝ち目があるかも知れない。エリア51のスレンジャー教授に連絡して
くれたまえ!」



しかし小さな蠅どもが十数匹、上空を舞っている事は誰も気づかない・・・
市島も団長も・・・。
それは友部駅前から知流たちを追ってきた、異星の者が操る偵察ロボットで
あった。