箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

岩手県北上駅のゼロ番線から出るのはJR北上線である。
終着駅は横手だ。





講習で秋田大学に行く高根沢純は、あえて秋田駅まで直通の東北新幹線
こまち号に乗らず、盛岡行のやまびこ号に乗車し、北上で降りた。
秋田市生まれの純は常盤製薬の川崎士郎の大学の後輩で、市こそ違うが、
士郎とは同郷の徒であった。
純の御父は現在行方不明の内閣総理大臣高根沢雄一郎。
父の弟である。


北国の晩秋だが、東京と同じで、まだまだ夏の気配であった。
新幹線を降りると濃い陽炎に包まれ、Tシャツの背中にすぐに汗が浮かんだ。
ブラジャーの線が浮き出ていないか気になり、早足で涼を求めた。
エレベーターを降りると時刻を確認し、北上線側に出ず、新幹線側の待合室で涼
むことにした。


その時刻純はPCに向かっていなかった。
明日の打合せ後、新橋の居酒屋で同僚と大酒を飲み、直ぐに素っ裸になりベ
ッドに入ってしまった。
叔父の消息など一向に気にはしていない。
しつこい電話は夢の中の出来事と思っていたが、現実であった。
「うざいなぁ誰よ! 今頃!!」
ひとときぼんやりしていたが、執拗過ぎる携帯を忌々しそうに取った。
「もしもしィ!たかねざわじゅんだけど?」
「ああ・・・通じて良かった・・・ジュン坊だな?・・・そうだよな?」
「ああ・・・なんだ・・・しろうちゃんか・・・何よ? 今自分・・・誰か
死んのぉ?」
「お前明日秋田に行くって言っていたな・・・?」
「なによなによ、なによ? おととい話したじゃない!」
「頼みがある!」
「秋田美人を紹介しろってか?」
「真夜中の電話だ。冗談は言わねえべ。・・・俺のばっちゃまの墓に行って
来てくれるか?」
「どうしたのよ、いったい?」
「朝になれば解る。いや・・・PCなら直ぐにも現実が分かる。携帯でもいい。
ネットに繋ぎニュースを見てみろ・・・大変な事が起こったぞ!!」


大変な事は朝を待たずに解った。
その時間パソコンを叩いていた友人の全てが、純に火の矢のように電話を
くれたのだった。








「貢さん、特別の席だ。まあ一杯やらんかね?」
茨城県議会議長草刈吉朗が、飲まないと知りながらも、ビール瓶を傾けた。
「・・・頂きましょう」
草刈、そして山口猛、柳俊夫の三人はえっと、顔を見合わせた。
口にしたススキを傍らに置いて、さあよこせとばかり、貢はコップに力を入れた。
空気がピンと張り、自在鉤がゆわりと揺れた。
菊村貢は酒は飲まない男であった。
「・・・そ・・・そうかね」
ずいと差し出したコップに、三人は鬼気迫るものを感じた。


「珍しいな貢!!何かあったのか?」
山口は一気にビールを飲み干す貢に変化を感じた。
悲しみのような怒りのようなオーラが出ている。
「それじゃ時間がないので言おう・・・今日は山口博さんの復帰の祝いと
復讐の会合だったな?議題のひとつは終わっている。仕掛けの必要はない。
つまり復讐は終わっている。天罰としか言えんな・・・樺沢グループの取手
工場は壊滅した・・・」
自在鉤がより、揺れる。
「壊滅?なっ・・・何だとそれは!?・・・いっ、何時だ?テロでも起きたか?」
「今日だ。工場は水圧で壊滅した言ってよかろう・・・人は死んでいないがね。
再建は不可能だろう。
それよりもだ草刈さん・・・個人的な問題で失礼だがあんたに訊こう。俺が
かつて勤務していた常央がやっているやまぐも計画の本質は何か?・・・妹・・・
愛の死と関係があるようだな?・・・中央政界にも強い影響力のあるあんたなら
知っているはずだ」
草刈の瞳孔に流れ星が走った。