箱舟が出る港 第三劇  二章 月世界の戦慄

ミッドウェイ島近くに停泊するミリオンダラー号の姿は客船から戦闘艦に
変わった。
高さたるや五階立てのビルに相当する船室部分が、まるで熱に溶かされた
セルロイドのように歪曲して溶け、じわじわと中心に集まり、一瞬のうちに
東京タワーのような一本の塔が立った。
巨大なお皿の上に太い針が屹立した実に奇妙な形だった。
針は高い。300メートル以上あるだろう。
海へ投射する鋭い太陽の光が、その針がいかに硬いか証明している。
ただの物質で作られたものではない。


変化前と同じ部屋に居る。
ジム・スタンフォード以下乗組員は、何の揺れも感じなかった。
形は原型を留めていない。
変化前と同じ部屋に居る。



空想の世界にだが、いたな、似た物が・・・
どういう技術なのかは知らないが、アニメ好きな彼は、日本のバビル二世。
溶けた後何にでも変身するロデムを連想させた。
「どうです?マース・ジム?」
老いた軍神はディル副艦長に驚きもしない目を向けた。
「形こそ全く変わったようだが、髪の一本も揺れなかったね?そういえば
ここまで来るに至って、大波に何度も遭遇したが、ひとつも揺れなかった。
間違いなく30年は進んでいる。我が国の科学力は、機械をサナギにも変えられる
ということだね」
屹立した針の艦橋は半分、150メートルの部分にある。
「船底に艦橋と同じものがあります。十字架を思って下さい。クロスが600メー
トルの巨大な十字架です。上は宇宙を支援し下は海底を刺すのです。」
「つまり上に居る我々は・・・」
「そう・・・日本の宇宙船を支援し、月に居る者と戦うのです。30年先の
イージス艦はこんな形になるでしょうな? 人類が滅びなかったらの話です
が・・・」
「下は?」
「いずれ分離する事になりましょう。剥離した空間を修正出来なくなったなら、
異次元に飛ぶ矢になる事になってます」
「・・・異次元?夢物語のような話だが、やはりあのオオカゼの核は、ただの
核ではなかったようだな。しかし、どうして今なのかね?」
「歴史は計画的に流れる・・・という事ですな・・・」
猪首に下がるペンダントの中の写真をディル副長は見つめた。