箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

2006年12月。
5月から地球全体を襲う猛暑は今だ居座り続け、深刻な水不足が害虫の
ように世界中を蝕む。
人工的に雨を降らせるという科学的な戦いも行われたが、あまりにも
自然的でない夏は強固に抵抗し人類の挑戦をいっさい受け付けなかった。
海水を飲料水として濾過する試みも行われ、理論的には十分生活用水
転嫁出来るはずが、期待は見事に裏切られ、学者の頭を悩ませた。
飽食された川が池が湖も、病葉のように形を変えてしまった。
そしてとうとうシベリアの永久凍土が溶け出したとロシア政府か発表した。
人の叡智を超えた、何者かが介入しているのではないか?
人間の進化の中で介入した何者かが居るとすれば、そやつの仕業と考える
科学者も多く存在した。




飢える国民より党優先、党より自分優先なのだ。
ただでさえ放漫な独裁者は今までのような美食を求め続けた。
水がなければ満足な料理など作れない。
慣れない〜それでも国民から見れば相当な豪華な食事だったが〜貧しき料理
に憤怒した。
馬鹿はいつまでも馬鹿であった。
北の独裁者は、国威発揚の為、なんと世界一の井戸を掘る事を国家事業とした
のである。
労働者は満足な食糧もない上の水不足で次々と倒れ、有史上最大の170万
という餓死者を出した。


独裁者は、軍部のクーデーターを怖れていたが、現実になりつつあった。
子飼いの秘密警察の幹部がクーデターの詳細を伝えたのである。
計画は事前に掴んだが、約8割の党幹部が反旗を翻したことに独裁者は恐怖に
怯えた。
政治戦に負ければまず死刑は免れられない、8割の謀反、敗北は必至と悟った。
ならば最後の頼みは日本に放っている工作員たちだ。


この独裁国家で一番優秀な工作員、日本名「小貫修次」が率いる特殊工作隊
たちだ。
日本に侵入した彼らは200名を下らないと言われる。
目的は何か?
彼らは日本に現れた異星の化け物と宇宙船やまぐもの秘密を追っているのだ。


独裁国家に現れた無名の天才物理学者は、化け物がどこからやって来たのか
知っていた。
そしてそこにはもうひとつの地球が存在する事も。
しかし移動の手段は世界中でたったひとつたけ、それはやまぐもという名の
宇宙船しかない。
物理学者は自作の電波望遠鏡を駆り、やまぐもの構造を盗み取る事に成功
したが、驚愕もした。
30年先の科学力が集結されていた。やはり西側だとため息をついた。
MITへ留学、それも主席だった。学力で適うものは居なかった。
KKKのドンの子供を中心に、いじめたるや耐え切れるものでなく、腐った
卵を投げられた時点で国に帰った。
嫉妬した白人に人種差別され、MITを去ったのだ。


北の独裁者はいつまでも狂っていた。
もうひとつの地球・・・そこは現実界よりも甘美な囁きが聞こえる。
もしかしたら、現代よりも、科学力は劣っているかも知れない。
多分そうだろう。なぜなら、化け物は別にして、あっち側の地球人が来たという
情報はないのだ。
やまぐもを擁して、異次元の地球を征服出来るかも知れないのだ。
工作員から芳しい報告がない今、核を放つと脅し、宇宙船をぶんどるしかあるま
いと、馬鹿な独裁者は本気で考えていた。


今にも発射ボタンを押しそうな狂った瞳が北にあった。