箱舟が出る港 第三劇  二章 月世界の戦慄

高さ丁度四千メートル。


富士山より高い人工物が月世界に存在した。
限られたUFOや宇宙人マニアの間ではその名も【月のクリスタルタワー
と呼ばれている。
アポロ計画などによって撮影された写真が現存する。
月面からの撮影にも関わらず、NASAは光と影のコントラストのなせる
仕業と説明し、存在を頑なに否定した。


2006年12月民間のアマチュア無線家が偶然に不可解な電波を捉えた。
元と先を辿れば、何と宇宙空間に居る米国の軍事衛星と、NASAとの通信
である事が分かった。
電波は難解な暗号で幾重にもプロテクトされていたが、嘘はいつか必ずばれ
るものだ。
NASAにとって悪い事に、この無線家の父は著名な電波天文学者であり、
祖父は旧日本海軍の暗号解読の優秀な将校であった。
電波を画像処理にかけるとタワーの姿がくっきりと浮かび上がった。
一族は超科学や宗教などに興味は無かったが、明かに人工的であり、間違い
なく信仰的であった。


ふたつの突起は間違いなく耳である。
首から上は羊かあるいは山羊のようである。
ほっそりとした首から下は緩く膨らみ、さながら日本酒を入れる徳利のような
形をしていた。
色は黄色のようである事も解かった。
凹凸の有無は解らないが、見ようによっては四文字のカタカナのようなものが
膨らんでいる気がする。
しかしどんなに画像を調整しても、解ることはそれだけだった。
鏡面のような滑らかさを持って、月世界を身に写し、どこかをじっと見下ろし
ていた。



いつ、誰が、何の目的で建造したのか?
もしも文字のような突起が【カタカナ】だったなら?
専門外の無線家一族には当然解らなかった。
父が懇意にしている歴史学者や宇宙物理、宇宙考古学の優秀な専門家が、
常央大学に居たが、現在行方不明中であるという。
頼みの綱である常央の教師陣は総入れ替えされたという。
ネットに流し信憑性を世に問おうと考えるも、電波天文学を教授する身にとって
は、あまりにもオカルト的である現象ゆえに、世論を考え憚った。
匿名でマスコミに流すもいいが、SFX技術は場合によっては現実をも凌駕した
りもする。
手の込んだイタズラとして即ボツにされるがオチかも知れないのだ。



有史以来最大の発見を証明するにはまだ早い。
もっと多くの観測データを取り、科学的に証明しなければならないが、
果たしてその電波を再び捉えられるか不安ではあった。
周波数や暗号のパターンを変えられたら、一度だけの発見である。


いい加減になれない血筋を三人とも恨んだ。