解放

もう18年も前になるだろうか。
あの時、明徳義塾高校はカタキ役を演じていた。
馬渕監督の指示でエースピッチャーの河野は松井秀喜を5打席連続敬遠にした。
―――残念ですよ、これはいけませんねぇ・・・残念ですよ、勝負して欲しかったですね。
解説者は泣きながらコメントしていた



結局明徳は星陵を破る。
だがスタンドの観衆の殆どは、星陵の応援に回った。
この敬遠をめぐって日本中で議論を呼ぶ。
―――敬遠は立派な作戦として認められている。よって明徳は避難されるべきではない。
そういう声が確かにあったことも記憶している
しかし高校生には【勝つことの大切さより、難敵に立ち向かうことの大切さを教える事が重要である】
また【河野投手はストライクを投げたかったに違いない。河野くんの気持ちを監督は考えたのか】
さらには【勝負出来ない松井くんの心中を察してあまりある】
そういう議論が大勢であった。
馬渕監督と明徳の選手は日本中を敵に回していた感があった。



その明徳に数年後、またカタキ役が回ってくるなど、思いもしなかった。
相手は横浜。明徳はリードしていた。
横浜の松阪はその前の試合で延長を投げ、先発を回避。
スタンドは横浜を応援する。
劣勢の九回、土壇場で松阪はマウンドに上がる。
明徳ナインを飲み込む歓声が上がった。
明徳応援団以外の観客が全て横浜を応援していた。
それが大逆転になる始まりだった。
―――横浜の応援ですか?仕方ありません。拍手をいただけるようなチームを作る以外ないですな。もういいでしょう・・・座らせて下さい。
お立ち台に立った馬渕監督はそう話した。
―――どう非難されようが勝たないと見えてこないものがあるのですよ。私はどうしてもそれを選手に見せてやりたかった
サヨナラ負けの後、観衆は横浜を称えるものから、明徳の敗戦を惜しむ音色に変わった事。
それを馬渕監督とナインは気がついていただろうか?


少なくともカタキ役から解放された試合だったに違いない。