つげ義春作品の哀愁の人々 三 井月 

murasameqtaro2010-12-07

柳の家井月(井上井月)とは昌平黌(系譜上後の東京大学筑波大学など)で主席になるほどの逸材で、まわりから将来を
嘱望されていたという。
勤勉に勤めていたが、
次第に俳諧に没頭するようになったようだ。



やがて、信州の伊那谷に、越後の生まれで井月(せいげつ)という俳人が現れた。
決して過去を語らず、みすぼらしい身なりをしているが、
俳句の知識と詠みは抜群で、書を書かせるとこれは名人の域に達していたという。
腰には瓢箪を下げ酒をこよなく愛する奇人は、俳句や書のお礼に酒を振舞われると、千両、千両と言うのが口癖であった。


子供達から乞食井月と石を投げつけられた事もあるようだ。
それでも性格は温厚で決して怒らなかったという。
晩年酒好きがたたり(アル中と推測する)ところ構わず糞尿をし、倒れ、知人の俳句仲間の家に担ぎ込まれ、そこで生涯を終える。



それにしてもこの格好はどうだ。
知識人がこうにも落ちぶれるとは・・・



主人公助川助三(つげ義春)は古書店の知人、山井氏から、
井月全集を借り、読み、最後にこう言っている。



「井月も山井も大馬鹿者だよ」

漂流、放浪、零落という影を愛するつげさんならではの読後感想。おそらく仲間感、連帯感があったのだと思う。



井月が霧の中へ帰る最後の場面。
何かに不安なのか、現実逃避か、自殺への憧れか・・・はたまた?


つげ義春独自の心の様式美。
あのような風景は劇画の中でのみ、表現可能なのだろうな。



〜石を売るより〜