murasameショートショート寺田の災難2/4

寺田

寺田はすぐにトイレに駆け込んだ。
やっぱり異常に古すぎた味噌だったのだ
飲んだものを出すのはこの状況では実に惜しいが、我慢しがたい腹痛ではヤツの家まで絶対にいけない。
これならまだ空腹のふらふら状態のほうがましだ。
―――おいててててて
飲んだことを後悔した寺田だった。



―――おやん?
用を足しほっとした寺田は下におかしなものを見た。
水を流そうと下をみたら変なものが動いているではないか。
長さにして三十センチはあるだろう。ミミズを大きくしたような形だ。
―――ななななななな?
色は味噌色。なめなめと動いている。不気味だ。
随分昔になるが、教科書か何かの本で、見た事がある。
―――こりゃ、アレか、ギョーチュー?じゃねえのかよ!
寺田は仰天した。まさに回虫であったのだ。
―――こんなものがオレの腹の中に・・・つうかオレはそれほど汚い環境にいたのか
確かに汚いアパートだ。環境衛生は実によくない。
トイレ付近の土を調べれば基準値を著しく超える大腸菌だらけだろう。そういえば大家が浄化槽の点検をしたとかなどは、見たことも聞いたこともない。





驚きが終わると唖然を通り越し、強烈な怒りがめらめらと情ない腹から出てきた。
食い物の恨みは大きい。ましてや断崖絶壁の寺田の腹だ。
―――キサマが悪さをしていなきゃ、今日まともなものが食えたんだ、この虫けらめが!
もとのふらふら状態に戻った寺田には残金30円しかない。
今日は行けなくなった、明日にしてくれると助かるのだが、と電話することにした。
携帯などとっくに停止されているから、這ってでもバス亭近くの電話ボックスにいかねばならぬ。
幸い奇特な友人であり行けば必ず貸してくれる。
恩義の為に「金を持ってきてくれ」とは絶対に言えない。
寺田にはまだ男としての矜持は残っていた。




電話は終わった。ああいいよと了解された。
こいつめこいつめがと喚き、回虫をつまみ、寺田は電話ボックスから外に出た。
二、三叩いたのだが、虫は寺田の手首に絡んだり、ぶらぶらゆれたり、くねくねとしたたり、紐のように垂れ下がったり、落ち着きがない。
―――何よあのオジサン?きもい
よたよたとふらふらと歩きながらに加え、奇怪な物を手にした寺田を、通行人が怪訝な顔で見ている。ただでさえやつれた体に汚いジャージ姿、サンダル履きである。フケなども飛び風呂にいつ入ったか忘れた体も悪臭を放っているのを知っている。
―――何だいありゃあ?
すれ違う人々は全部寺田を避けた。気味が悪いに決まっている。
―――なんとでも言うがいい・・・明日になりゃあ・・・明日になりゃあオレだって!



約15分強も歩いただろうか。友人宅まで約50分、ほぼ三分の一は歩いている。帰りの時間を考えても、かろうじて今日金は借りられたはずだ。回虫などアパートのゴミ集積所あたりにすてて、さっさと友人の所へいけばいいものの、今の寺田にとっては、食い物の恨みで頭が一杯であり、体力が残っている事を忘れている。



人様の迷惑になる。これも矜持だ。
―――はあ・・・はあ・・・うう・・・ひい・・・
人様の迷惑になる。これも矜持だ。
墨田川の汚い支流が見えてきた。
―――どっかに流されちまえ、キサマにはドブ川がお似合いだ
食い物の恨みは大きなエネルギーを生む。
怒りのなせる火事場の馬鹿力をもち、せえの、のかけ声とともに回虫を離した。
「うおーーーーーーーーーーーーーっ!!」
回虫は高く舞い上がり、そのドブ川にぽちゃんと落ちた。
「ざまぁみやがれ!」


寺田は喚いた。



寺田の災難 〜三に続く〜