箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 一

murasameqtaro2006-10-23

二人は階段で地下一階に下りた。
蒸し熱い六畳程の部屋に小さな金庫があった。
独身者用の冷蔵庫程度の大きさである。
「この金庫があの鉱物で....?」
これか、これか、と目を輝かせた高根沢の手が異質な感触を悟った。
今まで感じた事が無い不思議な感触であった。
ダイヤモンドのように美しく、山雲のように何かを告げるように、
手ざわりは初めて飼う猫の毛ざわりのように柔らかく、
期待と不安が混沌として交わっていた。
見かけは重量感がある、しかし厚さは金庫に似合わない程
薄い事を知った。
「オオカゼ遺産さ。地球上には存在しない鉱物に、ニュートリノ
放射したとの事だ。何らかの化学変化が起こるのだろう。
核でも壊す事は不可能さ。さて空けてお見せしよう。
対策の鍵がこの中にきっとあるはずだ。」
「ちょっと待て、おかしな音がするぞケント」


!?....耳を澄ませた、銃撃戦のようだ。
二人は顔を見合わせた。
近遠からピストルやマシンガンの咆哮が聞こえる。
応戦のマシンガンが頭上で大きな音を放っている。
別荘地であるキャンプデービッドのこの建物にも、
沢山の弾丸が叩きこまれているようだった。
海兵隊がいる。SPもいる。安心しろ」ケントが天井を見上げた。
「仕方がない、ちょっと様子を見てみよう」
高根沢は金庫から目を放し、階段を駆け上がった。
「ひとまずおあずけだ」
ケントもそれに続いた。


窓は防弾ガラスで出来ている。
二人は外を凝視した。
海兵隊のマシンガンが乱射の炎を放っている。
「相手はっ!?」とドアを開けSPを探した。
しかし余程の緊急事態と思われる。
特別室の外を警護する五人のSPが消えていた。
ケントは携帯無線を取り、SPに呼びかけた。
テロリストを除けば、このアメリカに戦争を仕掛ける愚かな国など
世界中にひとつもない。
テロリストではないだろう。国家でもないはずだ。
警戒が厳しいこのキャンプデービッドを襲撃する者など
心当たりがない。
直ぐにSPが応答した。


「持ち場を離れて申し訳ありません。海兵隊がやられています。
相手は女の集団です。馬に乗って攻撃をしかけて来ました。」
SPが喚いている。
「女?だと。何者だっ!」
「分かりませんっ! 約五百名程居ます。大統領、その部屋から
直ぐに確認出来るはずです。そこまでやって来ております。
あっ、弓だっ....」
「おいっ!!どうしたっ?、リチャード!返事をしろっ!!」
やられたな....、とケントが高根沢を見た。
「おいっ!! あれは....あれは....?」
窓の左方面の高台から、上半身裸の女の集団が見えた。
「...アマゾネス.....ではないか....?」
ケントが絶句した。
なぜそんな集団がここにやって来ると言うのだ。
アマゾネス....伝説か、映画の中にのみ存在する集団である。
大音響が炸裂した。
建物の南棟が破壊されたようだ。
破片が窓にぶち当たり、二人はよろめいた。
「スティンガーミサイルだっ!! とんでもないやつらだぞっ!!」
「鍵を奪おうとしているのではないのか...? 嗅ぎついたのかも
知れない...」
高根沢が口笛を鳴らした。
影のように三人の若い男が背後に現れた。
原島君、絹川君、張替君、出番はないと思ったが..やってくれるか.」
「押忍 !! 菰野先生より命令されております。常央大応援指導部の
名にかけて高根沢先生、アンダーソン大統領閣下をお守りします。
ここで見てて下さい。絹川はここを守れっ!! 」
原島はそう叫ぶと正拳で防弾ガラスを砕いた。
ミサイルまで持ち込まれたのでは、いずれ破壊される事を知って
いた。
張替が壊した窓から原島に続いた。
「あいつらは誰だ、どこに居た?」
ケントが呆れた顔で高根沢を見た。
「喧嘩の神様、菰野からの贈り物だよ。まあ見ていろ、奴らの力を。ところで
ピストルはあるかね?」
「勿論さ」



その星の住民は、次元透過望遠鏡を多様な角度に傾け、長い
時間を費やし、膨大なデータを収集した。
星を抱擁する自らの宇宙、多元に広がる外宇宙の仕組みを
解明した彼らは、次なるステップとして他の次元へと
乗り出す事を決意していた。
遠い昔の先人の言う通り、滝のように遮る壁=「宇宙の果て」=
を確認したが高度な科学を持っても、異次元へ入り込む事は
最近まで不可能と言われていた。
光速の数万億倍をも超える素粒子の発見により、誕生して
僅か六億年という若い星の住民である彼らは、全宇宙を看破したが
突然の崩壊が迫っていた。
住民は神ではなかった事を改めて認めたのである。
...ウィルスであった。


超高速エネルギーの発見により、劇的に文明は発展し、不老
不死を現実のものとさせ何一つ痛み所のない宇宙に君臨していた。
善のみが存在し、悪と言う概念は太古の歴史の中にだけ存在した。
抱擁する銀河系はもとより、アンドロメダ、マゼラン等全ての外宇宙
をも手にした神にも等しい有機体ではあったが、ある日一人の住民
が死んだ。
病という病を宇宙中から駆逐したはずだったが、連鎖は止まる事が
なかった。
雄体、が種を残そうという本能を放棄したのである。
生身の肉体の限界を知り、オリオン系の惑星シバラジャンで採掘
された
鉱物資源により宇宙最高の超合金を作り上げた。
古い生身の肉体を脱ぎ捨て、頭脳を合金に移植させ、
未来永劫をプログラムさせた人工心臓をまとった。
合金といっても生身の体と、姿、形は何一つ変りはなかった
のである。


当然のことながら、頭脳及び人工心臓にも生殖プログラム
があったが、雄体が突然変異して、生殖活動を突然
辞めたのである。
壊れたプログラムは宇宙の人口を激減させ、
いたる所へ甚大なカタストロフィ=無秩序をもたらした。
原因を追究したが結局分からなかった。
プログラムの修復も不可能であった。
そのような情勢の中、ひとりの賢者が出現したのである。


「思念」ウィルスと賢者は確定した。
宇宙の果てを天空から遮断する、滝のような水銀体にも
似たものが強い思念を送っていると。
彼らにとって神とは、広大な宇宙の中で、滝のに流れる水銀体、
それだけだった。
宗教と言う概念も太古の昔の事であり、急激な進化の元で、欲も
悩みも、エゴも無くなり、過去の祈りは消えていた。
核兵器という原始的手段により、この星の空間が原子レベルという
小さな穴が程開いた事を、太古の住人は知らなかった。


賢者は祈りと言う概念を自らの手で、自らにプログラムしたのである。
すると宇宙の果てを守る神が答えてくれた。
初めて聞く声であった。
....消滅しつつある、と。


私は何者かに創造されたかは知らないが、燃え尽きる時間が近い。
滅びを否定したければ、向こう側へ行きたまえ。古代の悪い遺伝子を
抽出し、私の中にばら撒くのだ。古代人が核を使い、空いて
しまった原子レベルの小さい穴がある。ここに悪い遺伝子を蒔きたまえ。
この宇宙全体のエネルギーを推進力として、一気に蒔きたまえ。
あきらめずやるのだ。
上の者は思念を送り私に命令している。
滅びろ、...滅ぼせとな。これに逆らう事は出来ない。まだまだ沢山死
ぬだろう。君達は私の子供だ。滅ぼす事は不本意だ。
この体を壊して逃げたまえ。
宇宙 を破壊して、逃げるたまえ。
役目があるのだ....



日本、茨城県水戸市南町の繁華街。

二人の男女がすれ違った。

詩人の男は肺癌で余命いくばくも無かった。

若い女は子宮の摘出手術を目の前にしていた。

すれ違った瞬間、二人とも共通する何かを感じた。

男は振り返り感じた。この地球に女が似ている事を。

女は振り返り感じた。

男の役割を終えた事を。

鬼のように燃える太陽が二人の影を長く長く

どこまでも引っ張っていた。