箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 八

murasameqtaro2006-11-15

切断された左手の中指、薬指から大量の血が
流れていた。
そんな事にはかまってられない。
中腰の不利な体勢から、辛うじて大木を盾にして、
次の攻撃を避けた。
恐ろしい化け物の手である。
力こそ感じられないが、膂力がある、早い。
強靭なカミソリそのままであった。
大木は深さ20センチほどすっぱりと抉られてしまった。
左右から繰り出される攻撃を何とか避けているが、
もはや大木も切り倒される寸前であった。
緑色の複眼の中、小さな赤い赤い眼球がぞっとする光りを帯びていた。
口らしき部分から黄色い液体が流れていた
メタンガスのような異様な匂いがする。
くらくらと眩暈がする。
おかしな空間に紛れ込んだような気がする。
目は思考を遮る催眠術を秘め、匂いはある種のクロロフォルムのような
ものかも知れない。
格闘家の体は次第に動く事を拒否したように、大木を抱きずるずると
沈んでいく。
終わりだ...
空手家は死を覚悟した。
次の一打で即死を覚悟した。

....あらあら、宝の持ち腐れですよ...


どこからともなくそんな声が聞こえた。
幻聴であろうか。
格闘家は宙を仰いだ。


....妖刀村正は私がお借りします...


快活な声が再び聞こえた、流暢な英語であった。
誰かが居るのか...だったら、だったら..助けてくれ...

ザッ...

化け物が遠のいて行くのを感じた>


その男は八双の構えをとっていた。
化け物は藪の中から現れた男に向かっている。
左右の手を大きく振りかざし、男に掴み掛かろうとした。
男は気合を入れた鋭い声を発し、手にした刃を下手から、
化け物の左手を直撃させた。
一瞬の早業である。
その枝のような黒く硬い手が切り取られ吹っ飛んだ。
が、手の下から新たな手が現れたのである。
つまり飛んだ手は手袋のようなものだったのだろう。
強いて言えば、宇宙服、甲冑の類であった...。