箱舟が出る港 第四章 一節 戦い 四

腐った魚が、無造作に路上に放り投げられた。
腐ったというより、賞味期限が切れた、と言ったところか。
売るか捨てるか、鉢巻親父が迷っていた、アイナメである。
アイナメの死んだ眸は、己が身の回りに円を描き、
放射状の意思を投げかけている。
トン、と軽く指で叩けば、今にも跳そうな、謎賭けであった。
界隈に集まった一般市民の殆どは、すでに逃げ去っていた。
蛮勇と物見遊山の輩が、樹木の陰とか、建物と建物の間の隙間とか
に隠れ、事態の成り行きを、馬鹿ヅラをして、見ようとしている。
....素人の馬鹿どもが....知らねえぞ、俺はよう?
毒島は地面に向かって舌打ちをした。
木霊のように、地面の下から、舌打ちが帰った。
それを聞くと毒島は、ニヤリと笑った。
...そうか、見捨てるか、仕方ねえやな、団長よ。馬鹿どもは
魚より腐っていやがる、狡猾な野郎どもだ...この危機を感じねえ
性根なら、ろくな野郎どもじゃ、ねえよな?




常央大学応援指導部の幹部、総勢15名は、
魚を背にして囲み、円陣を組んでいる。
柔道が知流大吾を含め、三名。
その知流は、副将に任せ、どことも知れず姿を消した...。
黒澤を親分とする、ボクシングが四名。
鋭い眼光を持つ毒島の空手が、二名。
大地に四股を踏んでいる荒木田の相撲が、三名。
そして、仁王像のような顔をした、白拍子率いるレスリング三名。
文武の常央。
14の武が、荒武者が、全員ニヤニヤと笑っている。
大きなオモチャの出現を待っているのだ。
....どうにもこうにも戦いが好きな野郎ばかりだな..相手はライオン
でも熊でも、いいって事さね...これは運命共同体かね....
俺達をどことなりと、連れて行ってくれ........ええ、団長よぉ....?
学生にして、ミドル級の世界王者、ハードパンチャーの黒澤は、
苦笑いしてバンテージを巻き、軽くシャドーを舞った。
魚屋の親父が、禿げた後頭部に両手を合わせ、
店の奥にしゃがみこんだ。




惑星ベルゼブブからの侵略者は、三階立てのビルの屋上に居た。
巨大なる蝿の生命体は、己が体に今、鎧を着けたばかりだ。
殺気を感じたのだろう。
....とりあえず、引き上げるか。
屋上には、ハエトリグモが、揚々と糸を渡っている。
嫌な予感がしたが、飢えていた。
死体が欲しい。
その死体が、眼下にある。
どうするべきか....侵略者は迷っていた。
アイナメの死体は、実に魅力的であった。