箱舟が出る港 第六章 二節 装束 十五

murasameqtaro2007-04-28

これ以上
無いほどに
保存器を
目に近づけた真理は、
今度は背後へ
イスから崩れ落ちて
しまった。
いやというほど頭を打ったが、
容器は放さなかった。
意識が遠のいて行くのを感じる。
強く打った頭せいではない。
精神的な遮断である。
つまり巡行の言い分が正しかった事を認めたのだ。
皆藤の第二の証拠を待つまでもない。
真理の知らない世界がこの世にあり、鬼の口のように幕を開けたのだ。
あまりに衝撃的な、第一幕である。それまでの常識が一変したのだ。


こんな事が・・・こんな事が、この世にありえるの?
遠のきつつ意識の中で、唇がわなわな脈を打ち震えているのを感じていた。
意識の遮断が弱まりつつあった。やさしげな浮遊を感じる。
誰かが真理を抱き上げていた。
野太い声が薄霧の中から聞こえた。



「親父殿よ、もう少しやり方ってものがあるはずだろ? 見ろ、可愛そうに。
な、ねえちゃん」
「理太郎、お前か。今帰ったのか?」
巡行日立代表社員、山中康広はゆっくりと目を開けた。
山中理太郎は化け物の捕獲を目的に、2ヶ月前からロッキー山脈に入っていた。
有名なカナダの世界一のK1格闘家、ジョン・カニンガムが偶然にも悪戦苦闘
していた。見物を決め込んでいたが、ジョンの旗色は悪くなり、指を切断され
てしまった。
それを助けて、化け物を倒しエリア51に引渡し、常央大学の教授会に出てから
の帰途であった。
常央の非常勤講師かたがた、巡行の社員として勤務していた。康広の長男で
ある。




「親父殿、ねえちゃんは少し横になってもらったほうがいいな?」
「こっちはこっちの考えがあって、そうしている。心配は無用。心【ハート】
2及び3号に深層心理を読ませた。やわな女性ではないよ。少しは性格も変りつ
つある。素直にだ。それに・・・この娘は大変な代物だったのだよ・・・」
「そうよ、理太郎くん。真理さんは大丈夫よ」
「おっ? 皆藤女史。お久しぶりですね。
ブラジャーを外すつもりですか?」
真理の体をイスに戻すと理太郎は両肩に手を置き、背後を支えてやった。
「辞めるわ。真理さんも納得したようだから」
「そいつは残念だ」 
汚いリュクサックを降ろすと理太郎は、中から奇妙なものを取り出した。


「親父殿、ねえちゃんに"緑"をあげたらどうだ」
そう言いながらキリンのような不思議なものをテーブルに置いた。
「噂に聞く火星の衛星フォボスの住民だ。ひとり招待を認められた。ここで研究
しろとの事さ。ハート2でも3でもいい。二人に火星が攻撃を
受けた時の記憶を読ませたい」
噂のキリンか? トナカイにも似ているな。ま、後にする。今は真理くんとこの世に
再び転生した、郡司大介くんの対面の場をゆっくりと拝見したくて、な」


山中社長は皆藤女史に"緑"と水を要請した。