箱舟が出る港 第六章 二節 装束 十四

murasameqtaro2007-04-24

皆藤奈々は
美しい。
しかも滝のような
澄んだ目を、
ひとときたりとて、
小糸真理の眼から離さない。
真理は思わず
引き込まれそう
になったが、奈々の話しは
到底受け入れ難い。



帰ろうとすれば、何時でも帰れるが、奈々の目だけはうそをついている
ようには、見えなかった。
だから与太話でも聞いて見る気になったのだ。
俄かには信じ難い話だ。信じ難い話ではあるが、人は死んだらどうなる
のだろうと、たまに考えた事がある。
僅か18年で生涯を終えた大介の葬儀の時にも思った事なのだ。
白装束を身に付け、チューブの中をくぐり、沼のほとりでちょうちんの灯りを
照らし、私を見ていたのかとふと思った。そんな事はありえない。万歩譲って
その話が本当だとしても、一度死んだと言う目の前のオバサン、皆藤奈々が
この世とあの世の記憶を持って、再び転生したとは到底思えない。



山中社長は先程の面接の時間同様、再び目を瞑ってしまった。
心なしか眉間あたりに、真剣な縦シワが垣間見える。 
「なら真理さん? 人は死んだらどうなると思うのかナ?」
ほら来たと真理は思った。心の中はやはり読まれているのかと、
戦慄を感じた。心に中に奈々の眼が侵入した感じを受ける。
「それは・・・天国か地獄に行って・・・ううん、土になってしまうのよ。
寝ているときと同じになるのよ。夢を見ないで寝ている状態・・・」
「そう? そうかしら。人間がいて犬も猫も居れば、蚊やバクテリアもこの地球
に居ます。人間だけが特別なのかしら? 不公平と思わない?
輪廻はあるものよ 」
「はっ、話しをそらさないでよ。
私は証拠を見せて欲しいと言ってるのよ」
「いいでしょう。話しだけでは信じられないのは無理もないですから。
世界中の生物は一日に想像出来ない数が死んでます。あの世、再生工場に
行けば、何故か死んだ者同士、動植物関係なく互いに存在が知れ渡るのです
から。・・・郡司くんは2006年10月29日に水戸市内の交差点で車に
撥ねられ死亡しました。これは新聞記事にも出てましたから、証拠にはなり
ません。・・・郡司くんの右太ももと首の裏に小さなホクロがあったはずです。
それも決定的な証拠とは言えません」



「・・・・・・・・」
「では、お見せしましょう。社長、宜しいですね?」
「勿論だ、皆藤くん」
中山はまだ目を閉じている。
ソファから立ち上がった奈々は区切っていたパテーションを大きく広げた。
真理は思わず目を見張った。
広い室内である。沢山のコンピューターや使途不明な複雑な機械に囲まれて、
小さな机があった。その上に懐かしいものが置いてある。
目を何度もこすった。ほっぺたを思い切りつねって見た。
見える、痛い。夢や幻などではないのだ。
奈々は机に置かれた物を大切そうに取り、再び面接室のソファに座った。
 


そんな、そんな!?




真理は絶叫しかかり、思わず口を覆った。
泥のついた背番号?。背中に書いた多くの名前。鴨川真一、白川純一、
飛田茂樹、甘粕大地、石沢誠、磯前晴海・・・・。
常央大洗野球部、チームメイトの名に交じり、小糸真理の名がある。
自分自身で書いたものに間違いない。
それは大介の遺体とともに棺の中に入れられたユニフォームであった。
ダイスケよぉ!!と号泣する両親、チームメイト。
最後のお別れですと言われ棺桶の中に花を入れ、真理も別れの釘をひとつ
打った。
棺はそそのまま火葬場に運ばれ、大介もユニフォームも煙ととなり空へと飛び、
さよなら、ごめんなさいと真理は小さく手を振ったのだ。
----手の込んだ悪戯なんかじゃない。こんな私をかついで誰が何を特する
と言うのよ・・・
真理の目に涙がにじみ出た。 
「・・・それにこれが何か分りますか?」
190ミリリットル入りのコーヒー缶程の大きさ、
プラスチック質で出来た大きなハードコンタクトレンズの保存器のようなものを
奈々はポケットから取り出した。
真理に手渡すと良く見なさいと、瞳を閉じた。
「魚・・・・? 違う!! 顔が、顔がっ・・・おう・・・だっ、ダイスケ!! 
ダイスケなのっ!!」




「そして私は・・・」
皆藤奈々は上着を脱ぎだした。