箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

低い槌音がジャングルのどこかから響いている。


―――あれは・・・モスキート3!!


常人ならば、絶対に口笛だと見抜けない。



―――・・・生きていたのか・・・おお・・・居たか、絹川君!!
高根沢の胸に熱いものがこみ上げてきた。
生死など度外視する、桁外れの日本男児たちに涙腺が緩む。
市島が護衛につけてくれた若者たち。


―――ぷーーーん、ぷっ、ぷーん・・・
二度目が鳴った。
もう間違いはなかった。


例えれば何処にでもいる蚊の奏でる音に似ている。
いや、蚊(モスキート)そのものだ。
拉致された粗末な小屋にも蚊は多い。
その中から抽出、看破はまず不可能と思われる、識別出来ないはずの絹川の
擬音である。


そして三度目が鳴った。原島、張替、そして絹川が無事にいる事を伝える
自然と迎合する、人の香りなき秘密の合図だった。
しかし安心はしていられない。
異なる気配を察した者が敵の中にも居たのだ。


「ホウ・・・ホウ・・・ホウ・・・ホウ」
高根沢は意図を知る。
褐色の大女が隊から離れ、フクロウ泣く不気味な咆哮を、四分音符で放って
いた。
潜む三人に気がついたのだ。
あの鬼人のような原島達を相手にひとりで立ち向かうつもりだ。只者では
ない!!
MMVウィルスがここから・・・
ケントも高根沢も拉致されたこの地で知った。


大女は踵を返し、擂鉢状の勾配を上ろうと、牙城より反対方向遠のいてい
った。
膝まで伸びた濃く長き陰毛が、恰も陰茎のように、突く様相を示している。
いつの間にか手には不気味に光るこれも長い長い蛮刀を握っていた。


跫音。
背後にヒタヒタと遠ざかるブーツの音がケント・アンダーソンの背筋に氷を見舞う。
味方の口笛。
槌音を知っている高根沢は安心しろと心に呟いた。
―――奴らだって只者ではないのだ。三人合わせて、一個連隊の軍隊の力に
匹敵する。
もし負けてもぶざまな負け方はしないだろう。
ただ懸念するは、若者故、女の体に、秘術を見るか否かだった。
すなわちMMVウィルスに勝てるかどうか?
武道、肉体を最高まで鍛錬した男たちにとっても、正念場だった。
―――フェロモンに負けてはならぬ!!やってくれよ、日本男児よ、若き武士たち
よ・・・


遠ざかる筋肉隆々の大女。
振り返ろうとしたが、長身の鞭を持ったブロンド娘が、据わった目で二人を
睨んでいた。


「団長がOKを出したぜ・・・」
ボクシングの黒沢聡が荒木田と白拍子に言った。
コンテナの中でイビキをかいていた、常央大全学応援団、副団長。
ミドル級の世界チャンプある。


山桜会の山城との会話を運転席の知流に携帯を通じ流していたのだ。


―――その人ならいいだろう。歴代団長会で立花さんから聞いた事がある。
随分と褒められていたよ、山城さんは。やまぐも計画の本拠地まで連れて行こう。
仲間にしてやるといい。きっと力になるはずだ



目的地まで10分。
大型コンテナトラックはいよいよ爆音を上げた。