箱舟が出る港 第七章 二節 激動の波頭 三

murasameqtaro2007-05-30

貴族が再び
国家の舵取りを
する事となった。
第二次近衛文麿内閣である。
近衛は民衆には人気が
あったが、
民衆を見つめる眸は、
焦点が定まらないような
憂鬱な男であった。
少年の日、民衆は近衛家の金が乏しくなると、
謙る姿勢を止め、威圧的に変化するその姿を、観察して来た。
持ち上げられ、没落すると人は離れていく。
文学にも造詣の深い近衛は、この時代に置いて、
適正なる総理大臣では、なかったと言える。。
軍部、特に発言力の強くなった陸軍にとっては、扱い易き人物と言えよう。
陸軍の暴走を止めるには帝国は人事を誤ったと思われる。
近衛は温厚な人物であったが、少年の頃のトラウマが、人間不信の思想が、
心を腐食していたに違いない。
そもそも文士の才能のある人物が、激動の過渡期を、どうして渡れようか。
軍人はたかが戦争屋である。軍人の戦争への熱は決して冷めないだろう。
政治は政治家に任すべきである。
だが力を持った軍部、特に陸軍に、どう緒種の革新を追行すべきか?
近衛の悩むところであった。
満州には石原莞爾がいる。石原の唱えるは路線はいい。
だが陸軍大臣東条英機の存在は、近衛はたたみかける商人にダブり、
到底受け入れられるものではなかった。
おそらく余が失脚すれば、必ず東条が出てくる。余の後は誰がよいか?
近衛は自らの能力を十分に承知していた。継ぎでよい・・・しかし次は東条では
駄目だ。
その日近衛は木戸幸一と二人で機密の会談を行った。
万葉集に歌われた山の麓に、人物がおります」
木戸は正面から、近衛の目を刺すように見つめた。
「田井数馬閣下であろう。彼は軍人である」
二三度、ヒゲを擦った近衛は胸の辺りにある、炭酸に似たものが、発散しない
事にジレンマを感じていた。
軍人には政治を渡してはいけない。
「田井閣下は軍人にして軍人にあらず。退役したではありませんか。その理由を
ご存知ですよね」
「噂には知っている。だが軍人としての本性が現れるのではないか?」
いいえ、と木戸は首をゆっくりと振った。