箱舟が出る港 第七章 二節 激動の波頭 二

murasameqtaro2007-05-27

三枝は腕を組み、
問題の糸口を
見出そうとする時の癖である、
唇をかみしめている。
地震が起き、
上空を飛行していた
ゼロ戦が消え、
変わりに未来の新聞が舞い降りて来たか・・・?
俄かには信じがたい馬鹿げた話だが、
慎重な君が言う事だ。
確かにそんな現象があったのだろう・・・」
「上杉、関口、民山と言う上等兵
乗っていたとの事です。
大勢の日立市民が、ゼロ戦が消える
瞬間を目撃しているようです。
警官も官吏も学者も弁護士までもがです・・・
墜落した気配は皆無。雲ひとつない、透き通るような青空だったとの事の
ようです」
 巡洋艦愛宕の艦橋まで、蚊が忍び込んでいる。三匹の蚊が腕に取り付いて
いるが、矢吹はまったく気がつかない。
「何かをやっているな。知流を中心として、何かを企んでいる。その地震とやらも、
ばかげたとてつもない空想だが、奴らが生み出したのかも知れんな。
その何かが大きなものなのかは知らん。妙に引っかかるが、知流の件はとり
あえず静観しよう。田井閣下が出てきた以上、そうする以外あるまい。
ところで・・・」
「近衛内閣が本日発足した件でありますね?」
「そうだ。君はどう思うかね?」
「そろそろ白装束の用意をしなければならないかも知れません。米内光政閣下は
負けました。閣下なき内閣は、戦争へと突入すると思います。多田駿陸軍大将は
血迷いましたね」
東条英機の奴がのさばっている・・・」
「いずれ大本営を我が物にしようとするに違いありませんね」
「しかし帝国の人事とは不思議だ。狂った魔術にかけられたがごとく」
ナチスの病が東洋まで蔓延したという事でしょう」
「田井数馬閣下か・・・未来をどう見据えているのか、一度会って見たいものだ」
「行って見ましょうか大佐、常陸の国へ」
薩摩焼酎を持ってか。知流の顔が見たいよ」
 戦艦扶桑のシルエットが遠くに見えて来た。
「舫あげよ!!」
  矢吹中尉は呉市内の灯りを確認すると、時計を見、号令をかけた。