箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

「あ、主将でありますか? 今、通過しました。野郎は細身の長身でなかなかの
イケメンです」
あるビルの屋上で、常央大学空手部三年、原島正巳は携帯をかけた。
「そうか。で、時間は?」
洩れた野太い声が、原島の携帯から、屋上に漏れる。
「十五分後、感じた限りでは、従姉妹さんに変な意味では、何かをしようと言う
意図は見えません。従姉妹さんを尾行している事は確かですが・・・」 
「ご苦労。散開せよ」
「オスッ! 失礼します!!」
だろうなと、毒島清人は、ニヤリと笑った。
従姉妹の小田部ゆみかには失礼だが、ストーカーの対象にされるような魅力は
全くない。ゆみかは見合いあたりで、平凡な結婚をするタイプだ。
もっともパラノイアのように精神を病んでいるなら別であるが、樺沢辰巳なる
男にその匂いはないと考えていた。男の直感である。しかし何かがある事は
否定できない事実である。
樺沢なる野郎はゆみかの何を追っているのか? 懐に入られれば、それがゆみか
と言う従姉妹であれ、関係のない見ず知らずの老若男女であれ、守らねばなら
ないという侠気が毒島にはあった。またそんな人間でなければ、猛者揃いの常央
空手部の主将はとても務まらない。
巨体をベンチに置いた。あと十分少しで、この公園を通過する。直接捕まえ、
樺沢の真意を確かめるつもりの毒島であった。




アメリカ合衆国国防総省DOD ペンタゴン】。
エドモンド・クライナー長官は、最新鋭の大型液晶ディスプレイを見ていた。
NASAアメリカ航空宇宙局=からの映像が、もう直ぐ入るはずである。
1977年9月に打ち上げたボイジャー1号の画像が、だ。
合衆国最高機密。
ボイジャー1号の真の打ち上げ目的は、火星他の太陽系の惑星の調査、撮影に
あらず。地球外生命体との戦いにあり。
ケント・アンダーソン大統領より、真実を告げられたのは、たった1ヶ月前の
事だった。
 ―――どこの、何者と、なぜ戦うというのだ。
真実ならば驚愕すべきクライシスではある。が、クライナーはまだ信じられな
かった。
「自分の目で見たまえ」
アンダーソン大統領は憔悴した顔で言う。石橋を叩いて渡る猜疑心の強い
クライナーの性格を見越した上での発言なのであろうが。
―――かりそめにもペンタゴンのトップであるこの私に知らされていなかった。
ディスプレィがビリビリと震えている。クライナーの怒りも混じっているのだ。
―――かつぎやがったら、大統領といえどもただではおかん。
キューバ葉巻に火をつけたとき、「映像入ります」との声が流れた。