箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

murasameqtaro2007-08-18

「探したぜ、
貢さんよ」
眉に刺青を入れ派手な
ストライブのスーツを
纏った男が、
人相のよくない二人を
背後に従え、
場違いな室内に
のっそりと入ってきた。
「うん?・・・ なんだ・・・
てめえらか。・・・何の・・・
用だ。今はオフライン
の時間だぜ」
菊村貢は本から目を外さずに、睥睨したようにボリボリと頭を掻いた。
フケが飛ぶ。 隣に座った学生が、嫌な顔をして、体を少しずらした。が、
何気なしに訪問者の顔を見上げると、あわてて、席から逃走した。
「ここじゃあ、話すわけにぁ、いかなくてね。悪いがちぃと場を外しておくん
ない」
低い声だが、ドスがきいている
平日の夕方、学生を中心に、市立図書館はほぼ満員であった。
「てめえら、読書の邪魔をするってえのか。俺の一番の趣味ってえコトは、
知っているはずだがな・・・どうも分からないとみえる」
「そう怖い声で言わないでくれよ、貢さん」
職業に見当がつかないジャージ姿の青年は、歳のころ三十前後に見える。
木枯し紋次郎よろしく、楊枝をススキに変え、一心に分厚い本を読んでいる。
頬骨が高い。横から見れば鼻筋も高い。細長の双眸はお世辞にも明るいとは
言えない。図書館という独特の静寂地帯のせいなどではなく、育った凄まじい
環境が垣間見える、そんな目、だ。全体的に薄氷のような印象を受ける。
「出る必要は、ねえな。ホラ、紙をくれてやる。名とゼニを義を書いて
早々に出ていきな」
「なあ、貢さんよぉ、今度は大物なんだ・・・外に出て話を聞いちゃくれ
まいか?」
「二度と言わねえぞ、俺は・・・」口にしたススキをゆっくりと手にとると、
軽く一閃させた。
「男だったら、うめくなよ、鉄次っ!」
あわてたスーツ姿が言い終わらないうちに、背後にいた、悪人面のひとりが、
首筋を抑えた。鮮血が吹き出ている。
ススキの葉は細長く、堅く、縁は鋭い鉤状になっている。肌・皮膚を傷つける
事は簡単だ。凶器の植物だが、操る膂力が異常に強く早く、ススキを刃物より
鋭利に使いこなしている。
「いてぇっ!!」と叫びながら、首を切られた男が、どこかへ走っていった。
何事だと、それまで静かだった館内が、騒然となった。
「しゃあねえなぁ・・・あの程度で逃げ出すとは。たった一ミリの深さだぜ。
もっとも動脈までこれもわずか一ミリだがな」
「俺が悪かった。かんべんしてくれ」スーツ姿が手を前にやり、攻撃を避ける
ような腰砕けの格好をしている。
「今回だけは、かんべん、してやる。次はねえぞ?」
パタンと本を閉じた菊村貢は、さっさと館内を出ていった。


「で、誰を殺るんだ・・・」
ベンツの後部座席に座った貢は、ススキの縁を見つめている。
常州双葉組の組長、尾藤慶一だ。シマの件で揉めちまって。情けない話だ
が・・・」
「情けねえなァ。確か常州双葉は一本独鈷じゃなかったか?広域暴力団龍堂組
もチンケになったもんだぜ。しかけたのはどっちだ?義は?」
くっくっくと低い笑いが車内を不気味に交差した。
「ところがそうでもねえんだよ、貢さん。尾藤という奴ぁ、ついこないだ三代目
を継承した若造なんだが・・・。先に手を出したのは常州だよ。俺たちゃあ
関東十日会の決め事を守っている。それがシロウトさんに迷惑をかけない一番
の方法だとな」
失礼しますと首に包帯を巻いた手下が、震えた手でライターを点けた。
菊村の怖さを身を持って知った。


「早く続けろ。本が読みたい」 
「ああ、悪いな。尾藤の野郎つうのはよう、貢さん、半年前までペーぺーの
どチンピラよ。族上がりの根性のねえ野郎だったようだ。だがな、ある時、
人が変わったように凶暴になりやがった。ありゃあ、人間じゃねえ、化け物
だぜ!!」
「化け物じみた強い野郎は沢山、いるぜ。常央大の連中に頼んだらどうだ。
あそこの学生は強いぞ。それに俺のように一切ゼニはかからん」
「冗談言うなよ。違う違う。ホントの化け物さね。学生どもは強くともコロシは
やらねえ。ゴロマキなら未だしもな・・・退治してくれそうなのは、闇の殺し
屋のあんたしか、いねえんだよ・・・」
縋る目つきで、龍堂組山桜会の本部長が、菊村を見た。



「化け物だと? どう化けたのか、具体的に言ってみろ」
「チンピラの話によると、両手両足が刃物だったとの事だ。抽象的な事を
言ってるんじゃねえ。それにな、二階の家の屋根まで蝿のように飛んだとの
事だ。ハジキもドスも通用しねえとよ。そして・・・三人が食われちまっ
た・・・死体はカケラもねぇ有様だ・・・」
「なに・・・蝿・・・か。鳥とかじゃなくて、飛んだ形容が蝿ときたか。ならば
あながち嘘ではないようだな・・・そりゃ化け物だ。ところで、てめえらクズ
どもの縄張り争いの範疇で終わるか。それとも尾藤とやらを生かしておくと、
素人さんに迷惑がかかるか? 返事は慎重に、な」
「三人も殺された俺のメンツがある。正直言って俺の組織内で終わらせたいの
さ。本家に泣きつくわけにゃいかねえ。メンツもあるが大事になるだろうし、
そうなりゃサツも出てくる。が、本家だろうが、サツが出ようが、勝算が
あるかといわれりゃ、答えはノーだ。・・・ありゃ人間じゃねえ。終わらない
だろうよ。やがてシロウト衆にも、牙を向くに決まってる」
「シロウトに危機が及ぶ懸念あり。それは間違いないな?」
「ああ・・・何度も言って悪いが、ありゃあ化け物だ。頭から人間の死体を、
ナマで食う奴など、いやしねえよ。人間じゃねえ!!」
「ふむ。変な野郎が出て来たもんよ。良し・・・ならば今回はゼニはいらん。
その代わり新鮮なススキを三本用意しろ。毎日清酒ヨモギ汁に浸し、
夕方乾かす作業をしろ。十日間続けろ。十日たったらこっちから連絡する。
二度と図書館には来るなよ。でないと、クズなヤクザども・・・化け物より
先にてめえらをぶち殺すぜ」
「わっ・・・分かってるよ・・・貢さん」


ところで、若頭の山城隆三はどうした・・・
言いたかったが、オムツのない妹の姿が、遮った。