好きな漫画家 一 中尊寺ゆつこ

お嬢だん

女性作品の漫画は殆ど読んだことがなし。
まぁこの一冊だが特別ってわけであり。
中尊寺ゆつ子(本名・小林幸子)さんは女だけど親父なので男と位置つげたい。



平成元年【お嬢だん】が二十万部を超えるベストセラーになり注目される。
お茶くみなど女子社員がやっていることなどはおかまいなし。
五時になるとボディコンに着替えてディスコに繰り出し、
たまには新橋あたりと思われるガード下で一杯やって、週末はゴルフ三昧。
こんな若い女性を作品では【親父ギャル】と呼び、流行語大賞も受賞した。
OLがもっと自由で、こんなだったら面白いという想像と、ワタシの体験を
漫画にしたらそれが受けて、本当に街に親父ギャルが闊歩するようになったとか。


昭和37年東京に生まれる。三歳から横浜に移ったようだ。
二歳を過ぎたころから動物とか花の漫画を書き出し、小二のとき子供の漫画大賞を
受賞。審査員だった故谷岡ヤスジさんが天才だと評価したという。


子役兼モデルとしても活躍。当時のタレント仲間に手塚理美さんがいたという。
当時から大人世界に興味があったとかで故三波伸介さんに「君は何に興味ある?」
と聞かれ、「ドルショック」と答えたらしい。
また高校時代は竹村健一さんの本を読むのが好きだったというから、親父ギャルの発想
の下地は生まれながら芽生えていたのだろう。


駒沢を卒業するが就職せず。
再び漫画を描きはじめ出版社に持ち込むも絵が下手だと断られたらしい。
しかし親父は諦めず意に返さず自分のスタイルで描きつづける。
やがてビジネスジャンプ漫画アクションで新人賞を獲得したのをきっかけに、
売れっ子となる。オシャレに関するエッセイやモデルの仕事も舞い込み、
最先端のトレンド教祖として一世を風靡した。


93年から二年間ニューヨークに住んで、体験を漫画やエッセイで発表。
その後何度もアフリカ各地を訪れ、アフリカについてエッセイを書いている。
何かしようとまず先にやってしまう、そうすると後からなんとかなる。
そう語る親父ギャルは人徳があったのだろう。
98年に結婚。プロポーズはどちら側か知らないけれど、
サハラ砂漠の真中だったらしい。


「もう親父マダムになってしまいました」
二人の子に恵まれ、夫のエッセイに漫画を添えた【夫婦コラボ】の連載も続けた。
ニューヨークや国際コミュ二ケーションに関する発言も多かった。
最先端のファッションを語ることは少なくなったが、
密度の濃い時間の使い方をしていると語っている。


2004年8月に自宅で倒れ、二回の手術を受けるが、回復することはなかった・・・
S状結腸癌。翌年1月31日に帰らぬ人となった。
愛すべく人物と漫画でした。