箱舟が出る港 第二劇 二章 メタモルフォーゼ

murasameqtaro2007-10-31

2006年4月30日午前9時。
株式会社樺沢工業所
取手工場四階大会議室。
ため息が紫煙
混じっている。
咳き込む者も多いのに、
誰もその行為を
辞めようとはしない。
主だった幹部を招集した工場長の斉藤が、
生産現場から慌てて戻ってきた。
工場は一分たりとて
ラインストップをする事が出来ない。
ストップは納期の遅れを意味し、然るべく金額が原価に重なる。
粗利益の低下は暫時しかたないものの、納期の遅れは信用に繋がる。
場合によっては損害賠償も要求されかねない。
山口に対して引け目がある。工場長がやるべき仕事を、山口は快く引き受け
てくれもした。
―――くだらん事で経営者たるものが休みやがって。
取手工場の責任者である斉藤は、例え親族に罵声を浴びされても、山口博の
お悔みに行こうと考えていたが、副社長の樺沢光記から待ったがかかり、通常
通り朝の現場を指揮し、仕方なく指示通りの会議に移った。
営業部長、製造課長、品質管理室室長、業務課長、生産技術課長、電算室
室長、二次加工長。
召集した部課長の中で、管理課長の具円の姿だけがない。携帯が繋がらないの
だ。自宅にも居ないという。
一度も無断欠勤のない彼であり、斉藤は山口と結びつけたが、ベトナム国
だった彼は52才であり、会社を捨てることはあるまいと思い、そのまま会議を
始める事にした。
「仕方がない・・・始めます。副社長は大学生のお子さん、辰巳くんが夕べから
帰らないとの事で、出席されない。未明に携帯に指示があり、こうして集まって
貰いました。内容はお分かりでしょうが・・・」
チッ・・・。
誰かが舌打ちをした。
その時だった。
斉藤の携帯が悲鳴のように、鳴った。
「はい、斉藤」
「何をしているんだっ、お前っ!!」
「何い? お前だと! 誰だっ、あんたは!!」
「携帯をようやく買った。番号を知らねぇのは無理はねぇ。忘れたか、俺を!!」
「長谷部専務・・・ですか?携帯の声は少し違って・・・」
「いいから直ぐ来い!!」 
樺沢工業所東京統括本部の長谷部専務は、グループ企業である樺沢館林に居
るはずだった。
「ど・・・何処にです?」
「ここの調整池だっ!! 工業用水路を続々と上っていくぞ!!」
いつ来たのか取手工場に居る。ならば目的はひとつだけ。経由して土浦の山口
家に行くつもりだったのだろう。
工場裏手には工業用水、生活汚水を溜める調整池がある。
「何があったのです!」
「いいから早く来い! 池に居る魚という魚が排水路を登っているぞ!! すでに構内
に水とともに何匹も現れた!!どういう事か説明に来い!! このままでは機械と
いう機械が全部ダメになる!!」
製造現場は五分前に巡回が終わったばかりだ。
だが調整池など総務管轄で、めったに巡回などしない。
ガチャリの音とドアが開く音と館内放送が重なった。
斉藤工場長、斉藤工場長、大至急調整池までお願いします!!」