桜田門外の変・茨城人の気質 一

murasameqtaro2010-10-27

表題の映画が封きらる。
鑑賞はDVD化に任せゆっくり・・・と考えている。
ただ金がなぁ(笑)
詳細は例の通り、検索に譲る。
この事件を通して、茨城人の県民性などを考えてみたい。



日本が他のアジア諸国のように植民地にされなかった基本的要因は鎖国にある。
長い鎖国の中で日本は水戸学という国学を生み出した。
基本要因の中で熟成した国学はやがて日本国中に広まる。
所謂尊王攘夷運動である。
ペリーが黒船を率いて下田に殴りこみをかけ、武士はもとより初めて時の民衆は
その脅威に畏怖したのだ。
幕閣の間で開国か戦争かの議論が続く。
時の天皇は幕府ではなく水戸藩に攘夷(駆逐・追い払い)の指示を出すが、彦根藩出身の大老井伊直弼
勝手に開国の条約を結んでしまったのである。
井伊に反対する全国の尊王攘夷論者は次々に逮捕され処刑される。
これが悪名高い安政の大獄である。
井伊と対立していた一方の首領、水戸藩徳川斉昭も蟄居され、城内は鳴動する。
雷あって晴天ありの混沌。
統一行動の雷鳴ではない。藩内にも対立が起こったのだ。
所謂天狗派(下級武士・郷士)と諸生派(上級武士)の対立である。
天狗派は過激であり尊王攘夷を力説し、井伊への報復黒船駆逐を画策する。
これを源泉として茨城人気質が確立した側面が、以後の歴史に多々と垣間られるのである。


〜続く〜


桜田門外ノ変(上) (新潮文庫)

桜田門外ノ変(上) (新潮文庫)

当然古書店にもあります。
日本を変えた大きなひとつの史実として、
茨城県人の誇りになるはずです。
一生影響されるかも知れません。