あの夏 〜ふたつの祭り〜

あさがお 巻く

「商売繁盛!、会社繁盛!!」


掛け声はそう・・・だったか?


ちいさな神輿をかついだ子供達が、
工場敷地内で一斉に叫ぶ。
寄付金のお礼である。
付き添う父母がちゃんと頭をさげて、隣の工場へと進む。


―――夏が来た



例年、事前に電話連絡が必ずあった。
「今年も夏祭りの寄付をお願いできますか?」
と丁寧な声で。
了承すると後日、三人の主婦達が領収書と名簿を持ち、
やってきました。
「ありがとうございました」
来客用の履いたスリッパを、ちゃんと元に戻した。


主婦達もまた、
旦那たちの苦労を知ってる事を、垣間見た。



好投手擁する某高校は、その年甲子園に初出場した。
その日は私も休みの日であり、
複雑な思いで、テレビで試合を観戦していた。
数年前の話である。



「寄付をお願いしたいと思いまして」
浅黒い肌を持つ五十代と思われる男性ふたりがやって来た。
しかも突然に。
「卒業生がこちらにお世話になっておりまして」
「はい、おります」
直ぐに、おかしいな、と思った。



と言うのは、甲子園出場が決定して、
三日後程度の時間しか費やされていなかったはず。
在校生、野球部父母会、野球部OB会、一般OB、
市民、そし最後に法人市民と、
このような順繰りで、まず、寄付はまかなう。



新設校ではなく、かなりの歴史を持つ学校である。
寄付の要請など速すぎる、と。
学校からの社員はふたりしかいない、と。
さらにはここは車で三十分は離れた、
違う市にある茨城工場なのである、と。



甲子園に出ればどの程度の費用がかかるのか?
単純計算は出来るが、それは知らない。
費用の範囲が把握出来ないからだ。
旅費交通費までなのか、交際費までなのか、
そして・・・?





まず自分の所で集め、
それで足りないと思ったら、
声をかけるのがいたって常識的である



しかも事前に、だ。



足りなければ、
集めた範囲の中で応援に行けばいい



これもまた常識の範疇である。



さらに言うならば、
どうしても応援に行きたい人は、
個人負担でいけば、いい。



何回戦まで行く予定の寄付だったのか知らないが、
例えば決勝まで行くと予想して、
期待を込めて集められたら、寄付する側は
たまったものではない。



一回戦で負けたら寄付金はどうなるのか?
向うでの宴会費用や観光など、
野球と関係ないお金も含まれている?
そうは考えたくはないけれど、余りにも速い動きにより、
その懸念は夏の入道雲のようにむくむくと頭をあげた。



この手の寄付金というものは収支報告書がない。
よって会計監査なども無し、となる。




余れば使い放題かも知れない。


先月初旬、近くの方と野球の話をする機会があった。
その方は叔父ほどの世代、よく行く店の主人である。
「ああ、あれね、来ましたよ、うちにも」
「えっ、つくば、にもだったのですか?」
「うん、企業や商店を回っていた。
だから学校に抗議の電話を入れといた、校長に。
まず自分のところでやりなさいよ、と」
「結構寄付集め、歩いていたんですねえ」
「やってたようですよ」



この方は県内で1、2を争う進学高の野球部OBで、
母校の応援インタビューとして、
全国紙の県内版にもその名が載ったこともある。



もう直ぐ太鼓や笛の音が聞こえる。
祭りの準備で子供達が練習する音が聞こえる。


祭りの為に保護者は貴重な賃金を提供する。
保護者に賃金を支払う企業もまた、
無駄なお金など一円たりとて、ない。



特に製造業は過酷なコスト削減の為に残業代も認められず、
福利厚生予算も削減され、
それでも拳を握り締め戦っている社員が多い。



大切な我が子の思い出作りと伝統の為に、
歯を食いしばり稼いだ対価を、
胡散臭いものに払うわけにはいかない。






「商売繁盛!、会社繁盛!!」
寄付金三千円也。


三千円の為にいくら企業はいくら稼がねばならないか?
例えば粗利益率が三割として、約一万円也。
これで収支トントンである。利益は出ない。


「ありがとうごさいました」



一万円の応援歌として、



子供達も保護者もお礼を尽くしてくれた。


その日は子供が主役。


祭りの翌日は日曜日。


大人たちの苦労は燃やされて


極めて長い疲れを忘れることが出来るだろう。









太陽のフレアと
山雲の中に沈むグレイ・バルーンの鈍き光。



ふたつの祭りのコントラスト。


もうひとつの祭り。
野球の寄付金が一口いくらだったのか?
それは書かないでおこう。



スリッパも揃えることなく、立ち去った、男たち。



その学校は甲子園で一勝もする事がなく、
・・・帰ったことを加えておく。


★★★★★★★★★★
人生は一度きりの夢、か
夢であって欲しいのが・・・近くの時間
いつまでも懺悔しても仕方ない
けど・・・
布袋寅泰さんの作品では、なぜか一番好きだ


★★★★★★★★★★