箱舟が出る港 第二章 三節 漂流 二

「...で、何人死んだって...」
「...五十八名とか、だ...」
「はっきりした数字か?」
「今日の今日だ、未だ分からんが、そう考えていいだろう」
「死因は?」
「剣持をはじめ病院で亡くなった人たちは、全員心臓麻痺らしい。
海岸その他での死体は現時点で何も分からん。なにしろ残ったのは
綺麗な骨だけという惨状だったようだ、死亡推定時刻もわからん、
司法解剖のしようもない...骨を精査するとの事だが...」
「聞き込みでは蛆虫が付着していた、との情報が山ほどある...これは?」
「分からん。...少なくとも骨には蛆虫などは付着していなかった、との事だ。
しかし何者の仕業か皆目見当がつかんが、よくも見事に綺麗に食べられた
ものだよ、人間もな.... 」
「暖衣飽食か...想像も出来ない程の未知のウィルスだろうか...? この暑さだ、
環境破壊が夥しいからな...まてよ....あるいは....宇宙からでもやって来た
ウィルスかも知れんな?」
「ま、待て。俺の推測だが、この海岸一帯で死んだ人たちも同じく心臓麻痺と
思われる。犯罪の線はゼロだ。一夜にして五十八名だからな。因果があると
思うのは自然な事だ。問題のひとつはここだ。揃いも揃って男ばかりが何故
被害者なのかと言う事だ」
「女はいなかった?」
「ああ....死亡したという意味ではな。恋人や夫を亡くした女は半狂乱状態のよ
うだ」
「だろうな.二つの大災難を被った家族もいる。で、どうする。デスクにはどう
報告する?.」
「ありのままでいいだろう。各紙も同じ事を書くはずだ...」
「もしかしてお前、なにか工作したな?」
「ああ、つくば、だ。研究学園都市にある常盤製薬を知ってるな?」
「業界最大手だからな、確か研究所があったはずだね」
「一匹だけだが、確保したよ」
「一匹って、まさか蛆虫か!?」
「発見者の一人である釣り人のフィッシングベストに付着していた...俺の叔父
さ、財務屋ではあるが常盤の社員だよ。今病院で眠っているはずだ。」
「それを研究所に持ち込み調査を依頼した?」
「警察も病院もお手上げ状態のようだ。唯一の手かがリと言っていいだろう」
「普通の蛆虫だったか?」
「俺は蛆虫などじっくり見た事はないので分からんが、閃くものはあったな」
「なんだね、それは?」
「剣持の声が聞こえた気がした。...そいつを殺せとな」
「剣持か...子の失踪を知らずに死んだのが、せめてもの救いだったな...」
「うん、俺達は同僚として全容を解明しなきゃならん。」
「そうだな。まったくどうなってしまったと言うのか、くっ、また蝿だ」
「....だろ? 今年は異常に多い、多すぎる...」