箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 十二

murasameqtaro2007-01-01

昭和十六年12月、
大日本帝国真珠湾を攻撃し、
太平洋戦争の火蓋が切られた。
戦争などすべきではあるまい...
高根沢を始め大風工業所の
面々は苦渋に満ちた眼を
向けていた。
しかし戦況は甚だ旗色悪く
なり、一人また二人と社員にも
召集令状が届いた。
事態を懸念した主だった幹部は、
未来を粒さに検討した。
大日本帝国の暴走は、
戦争に否定的な軍上層部にも、
もはや止められないであろう。
この戦争は負ける。
総意であった。

ならばどうするか?
抑止しかない。
核を持ち、総員二百名程度の、一町工場が、暫定的に
世界を統一する事である。
ウラン鉱床の真下から、
ある未知なる金属が発掘されたのは翌年の事だった。
【それを作りなさい】と言いたげに、
発掘されるのを待っていたかの如く、それは穏やかな陽光を
浴びて出現した。
大風工業所はこれを神の指示と受け取った。


茨城県大洗港の北部に磯前一族と言う網元が居た。
祖は水軍である。
血筋は代々頑固一徹にして豪放磊落であり、水軍にも関わらず
阿漕な事に手を染める事はなかった。
それよりも弱者を助け、地元の信頼は絶大だった。
大洗北部は磯前家の企業城下町とも言え、
住民は忠誠を誓い続けていた。
大風工業所の幹部は、
ある日の夜磯前家が経営する旅館に集合し、
極秘裏の計画を練っていた。
大型漁船を購入する為、下見に来ての集結であった。
少しばかりの酒と疲れのせいか、
迂闊にも旅館の当主、磯前兵太郎に計画が漏れてしまった。
高根沢達は狼狽した。
しかし杞憂である事を悟るにはたいした時間はかからなかった。

協力しましょうと磯前は笑った。
貴方がたの思想は間違っておりません、
そう言うと踵を返しある人物の名を呼んだ。
数分後、呼ばれたふたりの人物が現れた。
市島孝治。
中山重道。
ふたりとも特高警察に追われていたと言う。
所謂アカ、共産主義者ではない。
そんなものはどうでも良かった。
強いて言うならば思想的には無政府主義に近かったが、
市島は医者、中山は造船技術者、自らの道を破壊される
戦争を嫌っての反戦活動であった。
弾薬で倒れた人間を助ける事、医学とはそんなものではない。
殺人艦船を作るための造船技術ではない。
ここにオオカゼ計画が誕生したのである。
史上最強の駆逐艦を国家の元から離れ建造し、
町工場が世界を平和に誘導する事であった。