箱舟が出る港 第四章 二節 戦い 十六

.....どうやらケリがついたようだな。
.....ああ、流石は立花だ。見ろ、猟鬼のヤツラ、おとなしくバイクを
押して帰るぞ。
....リーダーが出て来たな。両肩を支えられているぜ、おっ!立花が見送
っている。
....余裕だな。頭を潰し、即残りを戦意喪失させたったてわけか。
....立花を始め、常央の武道系のヤツラ....うちに欲しかったなぁ。
....あそこは力だけではないよ。団結さえすれば、その気になれば小国を
作れる頭脳もある。
....大学が独立国家を作る....か。官房長官も歳だな。命令とは言え、
こればかりは妄想だよ。やってられん。
....俺もそう思う。高根沢総理への嫉妬さ。一藁さんにはもう総理の目は
ないだろうな。ああ...ルームランプを消せよ、お前らしくもない。
....煙草がどっかにいっちまったんだね、なあに400先の倉庫の陰だ、
見られまい。
....ランプのせいか、お前、干からびた幽霊のようだぞ。
....ま、公安警察事態、幽霊のような存在さ。加え三日も張り付いたんで疲れ
たよ。
....伏見は居酒屋に来ると思うかね。同じ大学の仲間だ。
....分らん。だからこうして監視している。少林拳の達人だ。ま、人に頼らない男
ではあるな。
.....ところで、立花は何であんな場所に居酒屋など開いたのか。ありゃバカだ。
.....宮仕えが嫌になったのと違うか? 世を忍ぶだ。大学講師ってガラではない。
.....仮の姿って事もある。
.....まあな。さて、暗視スコープをしまおう。今日は帰ろう、疲れたよ。
.....今度は仕事抜きで、飲みにでもまた行って見るか。バラック建ての乞食
小屋へ。警備局長も妄想ぐせがついたか。あそこには秘密など、何もないよ。
立花ひとりがぼんやりしてるだけさ。
.....ヤツらさぞ、驚いただろうな。あれは小便などでは、ない。
.....うん、飲んで分ったさ。喉を過ぎった後にね。スマトラ原産のお茶だとか。
いや立花が無理にお茶にしたのだ。元々は草だとの事だ。色はビール、匂いと味
はションベン...これでは売れない、流行らない。尤も体にはなかなかいいらしい。
これを狙っているのかね? 
.....根拠も無い、立花だけの説明だろう。それより、族はどうする?
収穫も無ければ話しにならん。刑事警察に協力するか?
.....ほっとけ、暴走族ごときチンピラは....また、もう二度と悪さはしないだ
ろうよ。
.....ところで胸はどうした?
.....たまに痛むよ。やらない方がいい事は分かってはいるが、ね。
....そうか。俺もさ。.....持ちゃ、いいがなぁ....
....立花は健康だね。
....ああ、女が欲しくないと見える。それともションベンビールのせいかな?



「やあ、磯前くん、調子はどうだ?」
白い歯に陽光が集り、軽やかな踊りを踊っているような近づき方だった。
「ええ、調子は良いんですが、先輩が....」
磯前晴海はペコリと頭をたれた。
「郡司くんだったね、若いのに、惜しいことをしたな」
立花竜一は晴海の腕をしげしげと見つめると、砂浜に腰を降ろした。
海は豊穣過ぎる程艶を湛え、そこに流れ込む那珂川は、命を奪われたように枯渇
の様を曝け出している。まるで海に食べられたかのような、濁った底の薄さであ
った。



「おじさんは、いったい何が哀しくて、あそこで何をしているのですか?」
僅か八坪ほどの掘っ立て小屋である。
へたな文字で居酒屋あかちょうちん、と書いてある看板の下には、薄く助川食堂
とのクレジットが見えた。どこかで拾ってきた看板を、ラッカーシンナーか何かで消
して、それを書いたものと思われた。
恐ろしい程のいい加減さである。これでは暴走族に目をつけられるのも無理は
ない。
逆に言えば堅物からは逃れられる。例えば警察組織である。
「君だから言おう。また、時間も無いらしい。発掘屋だ。あるものを探している。
君の祖先に関わるものだよ」
明るい雰囲気とは対照的に、霜の降りたような口調の立花であった。
「やはりそうだと思っていました....」
晴海の眸には、秋の炎熱の影が暗く落ちていた。



「大切な物らしい。市島先生から直々の指示が出てね。人類の存亡がかかる
鉱物だと言う」
「祖父の言う、駆逐艦大風と、磯前水軍の落し物ですよね? それがあそこにあ
ると?」
「なにっ! 君は知っていたのか!?  お父さん、あるいはお爺さんから聞いたの
かい?」
立花はさして驚きもしなかったが、大げさなジェスチャーを見せた。
「父は何も知りませんよ。また信じませんよ。
婿養子だからかなぁ....。多分そうでしょうね。
祖父に話しを合わせているのです。
確かに祖は磯前水軍です。しかし、駆逐艦大風とかのフネは、この世に無かった
はずです。だって本にも載ってないし、ネットにも出て来ないもの。だから、僕も
祖父の夢物語、勘違いと思っていました。あの歳ですからね。
駆逐艦島風のはずなのです。だが.....」

蝶々がふわふわと迷ったように、ふたりの間を徘徊していた。
オオムラサキかと立花はつぶやいた。
絶滅寸前の国蝶である。
こんなものが出てくるようではと、迷った晴海の肩を急いで軽く叩いた。


「だが、なんだね? 良かったら教えてくれないか? どんな話しでも信用するぜ」
「教えてくれたのは、創造主です。高月美兎と言う女の子です。この世界と隣接
する世界、そしてそれぞれの世界の中に霊界がある、と言ってましたね。
学問的には分らないけど、感覚的には理解出来ます」