箱舟が出る港 第四章 一節 戦い 一

四つ角を曲がると、チワワが佇んでいた。
「可愛い、ちょーかわいい!!」
愛らしい姿に、四人の女子高生は歓声を上げた。
まるで待っていたかのように、クゥーンと啼いて、四人に近づいた。
一人がチワワを抱き上げた。
円らな瞳が四人を見つめていた。
「どこのワンちゃんかな?」
交互にチワワを抱いた。
頭を少し上げたチワワの眸は、瞳から額、そして
頭で止まった。
全員の頭を交互に見つめていた。
「この髪型おかしいかな、ねえ?」
由美が照れながら髪に手を置いて犬に笑いかけた。
その時だった。


空間が、ぐらり、と揺れた。
ゆっくりと渦を巻き、ビルや家屋、樹木、車、電柱などが柔らかく、歪曲して
いった。
四人の脳は渦の中心に巻き込まれて行くようだった。
辺り一帯から何本とも知れない手が出、渦の中心に運び去るかのような浮遊感
であった。


おかしな事になっている。
....日射病?
沙耶は一瞬、そう思った。
四人は陸上部の選手で、過酷な練習を終えたばかりだった。
確かに少なくない脱水はあったようだ。
面妖な太陽の下で、若い体ではあるが、疲れていた。
駅前のコンビニでカキ氷を食べようとの帰途であった。
ぐるぐると町が回っている。
40度の熱を出し倒れ、救急車で運ばれた三年前の感覚に似ていると、澄香は感
じた。




頭の中を電流が飛び交っているようだった。
スパークしながら、あちこちで小さな火が上がっている。
その中から風鈴のような軽やかな声が聞こえてきた。
....ここはダメだな
....まだ若い体のようだな
....しかし悪はあまり無いようだ
....だが、ダメだ....ターゲットを他に絞ろう
....この次元の人体とはこうも複雑だったとは
.....どうだ、この犬とかでは
.....ダメだな、同じ種族でなければならない



何時間も流れたのかも知れない。
たった一秒の事だったのかも知れない。
奈々は我に帰った。
チワワが未だ手にいる。
どうたんだろ、私....
三人を見た。
ぐるぐると町中を見回している。
おそらく同じ体験をしたに違いない。
「ねえ、変だったよね?」
澄香がコメカミを押しながら、走る車を見つめた。
「変だった、チョー変だった、頭を盗まれると思ったよ」

...ダメだったよ、以後気をつけておくれよ

「え? なんだって由美?」
「私、なにも言わないよ? 奈々でしょう?」
由美は奈々を見つめた。
その奈々が震えていた。
チワワの口を見つめ小刻みに震えていた。
チワワは奈々の手から飛び降り、
一メートル程歩くと、四人を振り返った。
その可愛い口が大きく開いている。
「さよなら」
金属じみた声で人間の言葉を話したチワワは海岸通りの方角に疾走しては、
消えた。