箱舟が出る港 第六章 二節 装束 八

murasameqtaro2007-04-08

茨城県日立市
巡行日立機械
工業合名会社本社会議室。
晩秋の炎天下、小糸真理は
紺のセーラー服を纏い、面接会場に来ていた。
恋人だった野球部の前エース
心臓麻痺で死亡した、
郡司大介の葬儀が終わってから、
一ヶ月近い時が流れた。
号泣もした、後悔もした、何度も眠れない日々も続いた。
だが心の底から流れる熱く純粋な反省だったかと、自分自身に問いかけるという
気持ちは、どうにも偽りの悲しみを装っていた気がしてならない。
もともとあまり素直ではない性格だったが、このあたりが真理には自分でも気持
ちが、何故かはっきりと理解出来ないのだった。
自分のハートに疑問を持ちながら、名を呼ばれるのを待っていた。
乳房が多少重い感じが、する。
「小糸真理さん、どうぞ」
面接室のドアが開き、黒い事務服を着た色白の女性が顔を出した。
理系特有の神経質さを黒ブチの眼鏡が象徴している。
目が合い、真理は心の底を見透かされたように、一瞬、びくと恐怖を覚えた。
学卒らしい小柄な男が、すいませんと渋い顔をしてすれ違い、階段に向かった。
男の背を見つめながら、真理は失礼しますとドアをくぐった。
「常央大学付属大洗高校から来ました、小糸真理です。今日は宜しくお願い致
します」
進路指導室の教師から教わった、おざなりなリクルートの形をなんとか
表現しようと頭の中を徘徊させた。
出来ればお水の道には、進みたくない。
合同面接会で絞った六つの企業のうちの、一番後の希望である。
「今日は宜しくお願いします。私は人事課の大島、左は代表社員の山中、
右が総務の花形です。さあ、お座り下さい」
「失礼します」
頭を下げイスに座った真理は三人の顔を交互にみつめた。
「さっそくですが小糸真理さん・・・貴女はどうして巡行を選びましたか?」
ほら来た、と真理はにっこりと微笑んだ。
「御社の将来性に賭けてみようと思いました」
左側の面接官は、ここに入った時から目を閉じている。
代表社員とは聞きなれない言葉だが、おそらく社長なのであろう。
ならば、社長に好感を持って貰わねばならない。
この辺に真理の狡猾な性格が見える。
ちらちらと左を見ながら口を開いた。
「将来性とは? 我社は従業員三十人程度の町工場ですよ」
大島という人事課長は眉ひとつ動かさない。
眉どころか座禅を組んだように、体が微動だもしない。
それは山中にも花形にも言える事だった。
まさか他の大手企業を次から次と落とされ、仕方なくここに来たとは、言えない。
これも予想していた質問だった。
「社員のみな様は少ないようですが、これから発展すると思ったのです。
小さな会社は大きくなる事を夢見て、頑張っていると思うのです。それにソフト
ウェアの開発でも、近年凄い力が備わったと聞いておりますので」
何度も復習して来た答えをスラスラと、笑顔で話す。
「よく分りました。ところで学校から送られた成績証明書によれば、日本史が
お得意のようですね。お好きな時代は、いつかな?」
今度は右からの質問だった。
花形という総務担当が、書類を持ち見つめている。
「江戸末期、幕末です。新撰組沖田総司のファンです。一生懸命に時代を
守ろうとした姿に打たれました。あと・・・近代ですが
第二次大戦にも興味があります」
「動乱がお好きなようですね」
大島と花形は声を揃え、ふふと口先だけで軽く笑った。
左の山中という代表社員は、まだ目を閉じている。
「男の人のロマンを感じる時代です。色とりどりの花火が打ちあがったような」
真理は首を少し傾け、微笑みを絶やさず、三人を交互に見つめた。
一番可愛く見えるとよく言われた、この角度の顔に、絶対の自信があった。
同性からはあまり好かれない女性のようである。
「ほう、花火ですか ? なかなかの詩人ですね。その感性を生かして
答えて下さい。
今後、日本の歴史は、どのような道を歩むのか? 想像で結構ですよ」
予期しなかった質問であったが、さほど難しいものではない。
想像との助け舟がある。
「日本というより、世界規模でかまいませんか?」
「・・・うん、グローバルで結構ですね。続けてください」
「環境破壊は、止められないと思います。京都議定書も無くなってしまう心配が
あります」
大島の眼はまるでガラス玉のようだった。
花形を見つめたが、やはり同じである。
人間臭さが、あまりない。
それに比べて、一言も発しない、目を瞑った左は、黙っていても虹のオーラを
発しているような男であった。