箱舟が出る港 第五章 二節 軍神たち 八

艦内ネットワークコンピュータが、作戦室に陣取る者たちの目に、宇宙空間の
作戦状況を報告した。
「ご覧のように宇宙でも作戦始動のGOサインが入った。ところでおさらいの場と
していいかな?」
とディル・リッペンドロップ副艦長。
「ジム・スタンフォード氏にこの航海の概要を説明せねばならない。マース・ジム、
鳩が豆鉄砲を食らったようなお顔ですね ?」
頬杖を付き、ディスプレイを食い入るように見つめる航海長は、マイケル・ニュー
フェルド。
「当たり前だよ。客船と思っていたが、戦艦だ。しかもただの戦艦ではないな。
君達のウソに私は満足している。言い出すまで待っていたよ、やはり海でしか
生きられないらしい、聞こうじゃないか」
窪んだ目には沢山の星が宿っていた。少年が未来の夢を語る時のきらりと光る目
であった。


一方で辻褄の合わない光りも現れては、消えていた。
例えばバランスシート【貸借対照表】である。
左右必ず一致する会計用語は必ず収まる場所に収まり、ヤジロベエのように、
揺れながらの時間的一致はない。会計ほど即座に因果がはっきりする事象は少
ない。果は双眸に一致するが、因が見えないのだ。その因がこれから語られよう
としていた。
少年の瞳の色が、バランスシートを追い払おうとしている。
ではウイリアム・スレンジャー教授、とマイケルが目礼を送った。
白衣を着た小柄な老人がひとつ、ふたつと咳をし、三つめをどうするか、と思考
するような格好で口を開いた。前歯がないような聞き取りにくい発音であった。
「この海底で死の灰が検出されたのは1945年12月の事でした。当時の
合衆国海軍潜水艦三隻の乗組員、合計137名が放射能汚染で死亡したのです。
セシウム137、ストロンチウム90、プルト二ウム239が含有されていました。
つまりこの付近で核が使われたか、捨てられたかの推測が成り立ちます。
その当時わが国の技術力を持ってしても、魚雷等に核弾頭を装着する事は
困難で時間も無かった。リトルボーイ、フィットマンに乗せ、せいぜいヒロシマ
ナガサキのように、爆撃機からの投下が精一杯だったのです。するといったい
何者がこのミッドウェイで核を使ったのか?
処理しようとしたのか? 考えられる国家はナチスドイツと仁科博士のいた
ジャパンのみ。海軍は日本の核爆弾とおおよその見当はつけましたが、
戦後の日本占領でサイクロトンを中心に核施設を破壊しましたが、その技術が
ない事がはっきり致しました。
ドイツも然りです。ならば、どこの国家が核を使ったのか捨てたのか?
我々は六十年と言う長い時間を費やし、とうとう結論を出す事に至ったの
です。また副次的により怖い者の出現を迎えつつあるのです。核の使用か廃棄に
より、海底2600メートルに穴が開いたのです。その穴は異次元へ続く戦慄
すべき穴なのです。われわれは穴を防ぐべく1954年に攻撃をしかけました。
所謂ビキニ環礁への水爆攻撃です。ミッドウェイで開いた穴は連鎖を呼び、
ビキニまで広がっておりました。化け物が出現したのです。人間の攻撃的部分、
ありとあらゆる悪の部分を凝縮させた生命体を、われわれは【ベルゼブブ】
と呼んでおります」


スレンジャー教授はグラスに次がれた水を一気に飲んだ。
「少し話しを変えましょう。アルベルト・アインシュタインメモが発見
されたのは、1955年。そのメモを流してくれんか?」
スクリーンと着席した将校、研究員たちのパソコンにセピア色の紙が映し出
されていた。どうやらドイツ語のようである。
「これはアインシュタイン博士の体内から発見されました。死亡したその年、
埋葬前の太ももから出てきたのです。詳細は後に煎じ詰めるとして、要点のみ
話しましょう。よいですか? 大画面でもパソコンのディスプレイでもおのおの見易
いものをよく見つめて下さい。ああ、そこで拡大を願う。
よろしいでしょうか? ここにこう書いてあります。=向こう側【平行宇宙】
の私だから、この程度で済んだ=・・・・
何を意味するのか・・・? 向こう側とは、どこか? 即ちこの宇宙地球と隣接
する異次元なのです。ベルゼブブの居る異次元なのです。そしてその世界では、
日本が太平洋戦争で【勝利を収めた】らしい。
つまり、核を使った、廃棄したのは隣接する平行宇宙、向こう側の日本
なのです。その世界を我々は垣間見る事が出来ない。
このアメリカが向こう側ではどうなっているのか、知る事が出来ない。
・・・三年間のズレです。
アメリカが核を使ったのが1945年。日本が使用、あるいは廃棄したのが
1942年。この三年のズレが隣接宇宙でどんな歴史を育くんで来たのか。
塞いだビキニ沖が再び割れつつあり、ミッドウェイにより大きな穴を広げようと
している。
即ち侵略ですね・・・
予想するには向こう側の人類は滅びに直面していると言って、いい。ところで、
マース・ジム。貴方は旧日本軍の駆逐艦タイフーン【大風】をご存知ですね?」