箱舟が出る港 第七章 一節 駆逐艦大風 知流源吾 十四

murasameqtaro2007-05-16

 常磐線は福島平(たいら)行き、
までの列車の時間が、四十分ほど
あった。
二人は土浦駅を一時出ることにした。
駅前正面の二階建ての司デパートから、
軍艦マーチが流れている。
土浦は軍都である。実際予科練
駅より東に10キロほど離れているが、
七つボタンの軍服を着た男達が、
朝も早くから、町内敷島方面から、
ぞろぞろと歩いて来た。
 今で言う、茨城県南部最大の歓楽街、土浦市桜町付近は、
予科練があって、より発展した場所である。
 現在でも夜になれば、ソープを初め様々なネオンが、毒々と流れる一角である。
 「女郎買いだな、そう言えば今日は日曜だ。海の男だ艦隊勤務月月火水木
金金か。ま、軍歌だが流行歌とも言える。事実と違うわな。息抜きがなけりゃ
兵隊もやっていけんよ」
  「うらやましかのう。おまん、この近くで育って。童貞を無くしたのはいつ
じゃったかの?」
  「そりゃ源吾どん、12歳の時よ。14年前だが、良く覚えているべ。横須賀から
土浦に航空隊が移って、美人が多くなったとの噂よ。それよりもあんた、あんな
可憐な奥さんが居て不謹慎だな?」
「男の性じゃ、仕方あるまい。種を残そうとする本能があるからの。別にワシは
好色ではなか。人と生まれて素直にその仕組みに従っているだけじゃけん」
 源吾は遠い目を七つボタンの男達に置いた。秋には子供が生まれる。男だった
らよかと、広島に居る妻の姿を省みた。
 「おっ? ヤツは大林黒恒じゃねえか」
 「なんじゃ、その、くろつね、とかの妙な名は?」
「あっちも認めたようだ。ホラ色が黒いべ? だから黒公よ。本名は照恒と言う。
曹長だよ。そうだ・・・ヤツは使える。源吾どん、野郎を引っ張ってもいいかい? 」
幸吉はピシャリと手を打った。 
「何に長けているのかの?」
「通信技術だ。予科練一よ。石ころと話しが出来るかもしれん」
 「おまんがそう申すなら、これも必然じゃろ。よしなに」
 大林照恒。
 後の大林順子、常央大学学長秘書の、祖父の若き日の姿が近づいた。