箱舟が出る港 第七章 一節 駆逐艦大風 知流源吾 十五

murasameqtaro2007-05-17

「今筑波から
お帰りでありますかっ、
山中中尉殿!!」
大林照恒、
即ち【クロツネ】が、
直立不動で敬礼をした。
僅かにだが手の角度が、
少しばかり斜めである。
はにかんでいる事が分る。
 クロツネの後ろに居る
三人の初任兵らしき童顔が、
これもまた同じ格好をしている。
 ははん、筆おろしじゃな、と源吾がニヤニヤと見下ろした。
 「おう、お帰りだ、土浦にはな。ところで貴様、今から助川へ行くから
ついてこぉ! 分ったな?」
「助川? どこでありますかっ! そこは?」
小柄で色は黒いが、理知的な眼をしている、クロツネであった。
 「ああ・・・貴様は山形は米沢出だったな。日立の助川よ」
 「目的は何でありますか?」
石原莞爾と同郷だろ。 野郎が言う世界最終戦争論とかなぞ吹っ飛ぶものを
見せてくれると言う事よ。そして、その調査に参る」
「中尉殿。石原の野郎とは何事でありますか!!」
「閣下などチリにも満たない優秀な頭があるという事よ」
源吾が七つボタンを上からひとつずつ見ながら、野太い声を発した。
 「失礼ですが、貴方様は?」 
じっくりと観察されるような視線に抵抗してか、クロツネの声が大きくなった。
 源吾も幸吉も登山着姿であり、階級章が無い。
 「知流源吾海軍大尉である。これでも海軍大学校出だよ。もっとも成績は物理と
柔道を除けばビリケツだがな」
 「あの・・・あの・・・ご高名な知流大尉でありますか?」
直立不動がより固くなったクロツネである。後ろの二等兵も真似をした。
 「ほう? ワシをしっちょるのか。そいつは偉か」
 「柔の神様であります。二年連続で全日本柔道を制した・・・」
 クロツネはまじまじと源吾の巨躯に似合わぬ細面の顔を見つめた。
眉間の上に大きなホクロがある。その辺りから人を惹きつける虹のオーラが出て
いるを感じた。 只者ではない。
 源吾は売店に向かうと、弁当とお茶と甘栗を、それぞれ三つ程買ってきた。
 きょとんとする初年兵にそれを渡すと、陽光が交じった声で語った。
 「腹がへったじゃろう。酒保も限りあるからの。コレを食いながら帰りなさい。
曹長殿はワシ達が、ちょいと預かる」
 「じっ、時間は何時まででありますか」
 「分らんよ。マルロクマルフタの常磐線に乗り、日立へ行く。以後は未定」
源吾と幸吉はさっさと駅構内へと歩いて行った。