箱舟が出る港 第二劇  五章 MMVウィルス

時同じ頃。
デンマークコペンハーゲン
裕福な子弟集まる日本の私立高校が修学旅行に来ていた。
デンマーク・クローネ通貨が乏しくなったある女子高校生がいた。
有名な人魚像を前にしてさてどうしたらいいかと考え込んでしまった。
まだ、コペンハーゲンで、お土産を買いたい。
―――ふぅ・・・お祈りもしたいしィ・・・
右には妹だという新しい像もある。
お金を湖に投げれば、幸せになるという。
「そうだっ!!」
ふいに路母(ろぼ)の言葉を思い出した。
「何かあったら使いなさい。とても価値があるお金ですよ」
パリで洋服を買いすぎ、ローマで高級料理を食べ、バルセロナでは
プレミヤのついたモチーフを買い、トレビの泉では大金を捧げてしまい、
もはや手元にはいくらもお金は残っていなかった。
高校時代最後の思い出だからといって路母は真新しい制服を買ってくれた。
ブレザーには内ポケットがひとつある。そのポケットの中に手作りでもう
ひとつのポケットを路母はつくり、中に軽い金属で出来た「お金」のような
ものを入れると、縫い合わせてしまった。
「あんまり無駄使いしちゃダメよ。でも何かあったら使いなさい」
路母は笑顔で送り出してくれた。心なしか哀しそうな表情を含め。


宮村花音(かおん)はいかにも現代の女子高生らしく「やったぁ、ろばあちゃん」
と叫びながら、無造作にポケットの中のポケットを破いて、その通貨らしきも
のを取り出した。
【ろばあちゃん】ちゃんがくれたものなら、価値は100円ほどのかな。
ろくにそれを見ず、人魚像に捧げようとしたその時であった。
「I have a young lady, rare money? (お嬢さん、珍しいお金を
お持ちですね?)」
見上げるほど背の高い男が背後にいた。
―――アメリカ人? いや違うわ。
アメリカ人とは嫌というほど接してきた。
神経質すぎるほどの顔つき。
学友もいた。
思慮深き影は合衆国で国で生きる人物ではない。
留学で養った国家を知る目。
ゲルマン、あるいはイスラエルあたりに、多く見られる顔つきだった。




カオンはぎょっとした。
あわててその「お金」をポケットに隠してしまった。
―――警察っ? 通貨偽造で捕まったら大変だ!!
18才と言えど、この辺りがまだ子供であった。


「It does not extend to the worry. I be merely a currency
collector. How. Would you change it for 1,000,000 kroner?
( 心配には及びません。私は単に通貨コレクターでしてね。どうです。
1000000クローネで交換して下さいませんか?)」
カオンは高一の時語学留学の為、アメリカにホームスティしていた。
英語は得意中の得意であった。
―――なんですって?こんなミスボラシイものが日本円にして50万って!
さすがに不安を覚えるカオン。
「Where did you find it?(それをどこでみつけましたか?)」
―――みつけた? 見つけたって何? こんなものを探していたの? なぜ?
引っかかる。
たかが赤錆びた、見た目は汚い「お金」ではないか?
男は100万クローネをカオンに差し出した。
カオンはばあちゃんがくれた「お金」が以外にも貴重なものだと知った。


―――なら、やだ!!
ユダヤ系の長身の男は、表情を変えない。
「After all I am unpleasant!!(やっぱり、いや)。ヒロコっ。なんか
このオヤジおっかない。あんたには一杯借りあるけど、1クローネ貸してよ。
日本に帰ったら絶対返すよ!」
アムステルダム辺りからだったか?
誰かの視線を感じ、少しだけど、気にはなっていた。
もしかして、この男?


「Give it!!(それをよこせ!!)」
翻るカオンの短いスカートを追う。
カオンを捕まえ、男は強引に「お金」をひったくろうとした。
人魚像のある湖に投げ込まれたら、一巻の終わりだ。
「I do anything!?(なにするのよ!?)助けてっ、ヒロコっ、誰か!!」
ヒロコは何故か何かに憑かれたような顔をしている。
「こら、何をしている!?」
騒ぎを聞きつけ引率の教師を初め観光客が集まってきた。
「やめてよ!」
一歩遅かった。
カオンの手からその「お金」を取り上げた男は風のように走り去ってしまった。
対価。100万クローネほどの札束がその風に舞った。
「・・・まっ・・いいか・・・」
札束を集めてくれる友達たち。
出発前ろばあちゃんの少し哀しげな顔を振り返りつつカオンは呟いた。


よくよく見れば、その軽き「お金」の表面には葵の紋、つまり徳川家の刻印が
うっすらとされていたのをカオンは知らない。


初めて見る人魚像が誰かに似ていた。
右に居る妹とかもが、学校も歳も違うが、誰かに似ている。
なんとなく・・・
顔でなくって・・・なんとなく・・・雰囲気かなぁ・・・



―――昔、遠い昔、くちくかん、おおかぜいう舟があったとな。そのお舟は
薄いけど、とても強い金属で・・・とてもつよい、お舟で・・・
印象的な路母の昔話をきつい顔を纏い思い出した花音。


ふと!!
ふと?
甘みのある香りがカオンを覆った。
どこから流れてくるというの?
気が付けば人魚像と目があった。
どういうわけか、香りを嗅ぐたびにひとつ大人になった気がした。
大人の女に・・・
親友のヒロコが何かに我慢できないという表情を浮かべている。
短いスカートのポケットに入れた手は、股間を探しているに違いない。



人魚さん、 お尋ねします。
もしかして似ているのは?
高月・・・みくちゃん?
時任・・・さよこちゃん・・・?
人魚さんは・・・あの学校で、超有名なふたりですか?


話したことは一度もない。
ふたつ年下ながら、憧れのふたりだった。
特に右側。
さよこちゃんは、女も惹きつける不思議な魅力があった。
二対の人魚像。右側が抽象的だった。






整った鼻梁が匂いを嗅いでいる。
濃人権市は漁港に染み付いた魚の香りの中から、すでに甘く危険な香りを嗅ぎ
取っていた。
どんな毒をも感知できる鼻を持つ。
最も祖が忍者であることからして、至極自然の事かも知れないが。
―――何かが蒔かれている・・・かつて経験したこれ以上なき危険極まる香り。
人の常識を180度変えてしまう甘き香りだった。
人類を狂わせる事は簡単だ・・・


何度もスーパーやコンビニで見た。女が万引きする様を。
裕福そうで、なにひとつ生活には困らない風体の貴婦人然とした熟女を筆頭
として、下は年のころ12頃までの少女までが同じ行為をする。
月のもの、不安定要素、所謂生理。生理は文字通り月と関係があると、権市は
知っていた。
月に何かが起こっている!
笹島京平が大洗沖で捕獲した淡水魚。その名はディスカスにも言える。


遠い昔。
時の首相の孫、田井智音(チオン)。
チオンの警護を命ぜられた時、すぐさまその羽音が鳴った。
憲兵隊が智音を追い、守ろうとしたが、羽音を駆逐するのが精一杯であった。
飛騨忍者の末裔の権市は空からやってきた化け物と遭遇、戦いを余技なくされ
ていた。
常人なら闇夜でよく見えないはずだ。
その顔を捉えた時、権市の心臓が一瞬氷ついた。
どす赤い丸き肉の塊から、ムカデのような触手が何本も出ている。
塊の真ん中に深い穴があるようで、その奥から灰色の光が出ていた。
甘いにおいを放出しながら・・・
翼らしきものがふたつ。扇子のような翼だけが金属で出来ているようだ。
―――ケェッッ
権市は耳を覆った。
まるで蝙蝠が出す超音波である。


やはりやって来た!
駆逐艦大風の主砲を受け、壊滅されたと思われた平行宇宙(異次元)からの
侵略者。
田井一馬閣下が予言したように、やはり滅びてはいなかったのだ。
とうとう奴らがやって来た!!
あの化け物の匂いと同じものが海を覆っていた。
―――死ねない年寄りが、多くなるの・・・これから
権市は笹島丸の出航を見送った。

―――だが、今度は海に棲むものたちも黙ってはいまい。
三つ巴の戦いになるか・・・の?