国家の為に死ぬという事 一

近頃母校へ行って来た。
甥が在学する高校が
野球の練習試合をするために
見物に行ったのである。
あずま亭はあったが人気はない。
精進橋あたりはさほどかわらず。
そこから登る坂道は昔の面影を湛えたまま、
ひとつも変わっていない。
二年ほど在籍した体操部の部室付近を見た。
ここもまるで変わっていなかったが、
体操部の看板は無かった。
強かった野球は弱くなり
甥の在籍するチームに大差で負けた。



ツルタはウザイしクロダはきもい、
天然パーマをうるさく言う。
天然じゃないだろうとw
ああそうですかと反抗しマジでパーマをかける。
そのままにしていたら延び放題、
最後には山崎まさよしのようになり、
ブラシも入れない。
まぁ楽だったな、オシャレじゃないけど、
面倒くさいし我ながら似合っているなと、
そのままにしておいたのであった。


やがて高三の半ば頃から、
あまり学校に行かなくなる。
行ってもカバンなど持たず手ぶら、
遅刻、早退wは当たり前 、
この学校が嫌で、
地元の学校の連中と遊んでいたのであるw



卒業前言われる。
学業はともかく出席日数が少し足りない。
これはどうにもならん。
「このままでは皆と一緒に卒業出来んぞ、
そのぐしゃぐしゃな髪切れば
みんなと同じように卒業させてやるけど?」



させて、やる?だと・・・この野郎と思ったなw
公務員とは
市民に雇われて仕事をする立場じゃないの?
とか思っていたなw
ああいいですよ一日くらい遅れても・・・
とうとう髪は切らず、
親には物凄く怒られることになる。
大恥じかいたと。



あの頃はちっともいい学校ではないと思ってた。
今いい歳になり・・・景観の素晴らしさに見とれた。
広い視野で物事を見る眼が
まだ備わっていなかったのだろうな。
勉学には実に適した場所である。
霞ヶ浦が眼下に広がり、
環境だけは実に素晴らしい学校だと思う。
もっと真面目に勉強しておけば、と。
まあ、ここは自分にとって、心の港である・・・・



全体主義
日本という形のひとつの細胞になれ、
そんなイデオロギーは、笑顔を微妙に変える。
あの坂道を同じように登った少年達は、
ギターでも進学でも恋愛でもなく、
敵国の人間をいかに殺すかを考えた。
戦争というものは正当化された殺人であり、
予科練は殺し方を教えた。


あかとんぼと呼ばれる練習用複葉機に乗り
霞ヶ浦上空を飛び、棒倒し、器械体操、軍需学などの勉強。
細胞は癌にも似ているが、源は正義であった。
正規の訓練を受けたこの地の大先輩達は、
鹿屋、知覧、などへ分散していく。


肩を叩きあい
お国のために死のうと笑顔で別れて行く。


〜続く〜