murasameショートショート 寺田の災難 3/4

翌日約束通りの十万円が借りられた
奇特な友人だった。
これは返さなくていいよとにっこり笑った。



友人といってもおでん屋で知り合ってから一年にもならない。
仕事はIT関係をやっているらしい。
実に金回りがよく、寺田もそれがやりたかったが、頭がない。
ITなるものが、どんな仕事なのかよく解らない。
手伝ってもらってもいいけど、機械音痴の君には無理かもねと笑われた。
―――俺だって機械マンだった、音痴ではないぞ!
何おう、と少し反抗しかけたが、寺田は我慢した。


クビになった工場で、寺田は長年大型プレス機のオペレーターを仕事にしていた。鉄材を金型に入れ、単にボタンを押すだけの作業で、誰にでも出来た。機械は機械だがパソコンなどはまともに見たことも触ったこともない。だいたい「機械マン」などと言っている男なのだ。そんな言葉はアンパンマンの世界以外ない。




元銀行を初め、元サラ金、元友人、元同僚、元親族で寺田に金を貸す者はもはやいない。金を貸してくれではなく「金、返さないけど貸してくれ」の寺田であった。だから「元」が付くのである。



奇特な友人には借りた十万以外に、まだ五十万ほど借金が残っている。本来ならば借りられる義理などないのだ。
積もった借金も経費で落とすから、返さなくていいよと言われ、寺田は驚いた。
友人は奇しくも今日故郷へ帰るという。向うで本社を立ち上げ本格的に事業を拡大するという。
間に合ってよかったねと寺田の肩を叩いた。
今まで付き合ってくれてありがとうと寺田に頭を下げた。
―――こんないいやつはいない
そうだ、アレも返さなくていいからねと、友人は思い出したようにつけ加えた。
アレとはなんだっけと寺田は聞き返した。
ほら、ウチに置き場がなくって、君に預かって貰っている古いパソコンだよ、忘れたかと返された。
―――ああ汚いあの機械か、それなら軒先に置きっ放しで雨露に打たれ・・・
と言おうとしたが、やばいと黙った。むしろ助かったとの思いが強い。興味は全くないので、預けられた時のままの状態で軒先に放り投げていたのだ。
夏にカラスが止まり糞だらけになった事もある。原型のままでない部分もあるかも知れない。
―――助かった
元気でなと友人は寺田を見送った。
―――いい男だったよな。でも、もう助けてくれる野郎はいない。俺は頑張る、生き返った寺田を見せてやる!



寺田はアパートに帰った。
体力の回復の為に今日だけは肉でも食おうと考えていた。
一万円は家賃、電気、ガス、水道で二万、そして一件のサラ金へ延滞金を含め六万円返済して借金は消えたはいいが、残り一万しか残らなかった。
バイト代が入ると思われる来月まで節約をしなければならぬ。
それまでに一日300円強の生活費ではちときついが、寝ている以外ないから、体力はなんとかなるだろう。
これが最後だよ、人様をあてにするな頑張れ、と友人にも言われてしまった事も脳裏をかすめた。
―――だよな、そうもいかねえぞこりゃあ
食いたいのは山々。馬鹿だがまだ大馬鹿の域まで行っていない寺田は節約することにした。
―――そうだ、スーパーでキュウリも買おう、そしてネギもだ。ついでに豆腐も買い、今度は新鮮な味噌汁でも飲もうではないか。豆腐と味噌は体にいい。
忌々しい回虫の忌中払いも含めて実にいい案ではないか



スーパーの店長は寺田の顔を見ると、あんたは出入り禁止ですよ帰ってくれと、マントヒヒのような顔を尖らせ入店を拒否したが、どうだ、と一万円をひらひらと見せた。
お客ならムゲに返すわけにも行かない。万引きの疑いのある人物ならともかく、この男は試食品荒しなのである。今までは見本の食材を出したとたん直ぐに寺田がやって来て、あっという間に全部食べてしまった。マントヒヒ店長はしぶしぶと広げた両手を下げ、側にいた若い店員に「見張ってろ」と耳打ちすると、ぶつぶついいながらどこかへ行ってしまった。
―――今日から試食などしてやらん、ちゃんと買うのだ馬鹿者、お客だ、文句あるか



その一時間ほど後のこと。
どことなく愛嬌がある体つきの丸顔の女がスーパーから出た。
ただし顔は少しきつめである。生まれもったきつさではなく、生活環境に殴られたような険が眉間にあった。
―――あんな男でも餓死でもしたら可哀想だし
レトロくじが当たり少々の金が出来た。実家にも長くはいられない。納豆と牛乳、菓子パンの入った袋をぶら下げたのは、半年前出て行った寺田の女房であった。





寺田の災難 〜最終に続く〜
(この話にはモデルがおります。当然大幅な脚色はしてますが。あ、私でははありませんよwラストでその友人にありがとうを伝えます)
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十八番


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ジッタリンジンでは一番好きな曲

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