2007-01-01から1年間の記事一覧

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

1974年8月中旬。茨城県のほぼ 中央部に位置し、 北に笠間稲荷、 東に筑波山を望む。 難台山。 標高533メートルの 小高い山である。 夕立の後の昼下がり、 愛犬を連れた菊村夜太郎は、 猪を追っていた。 難台山から夜間に下りた幾頭とも知れぬ猪は、麓の畑を…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

伊藤博文。黒田清隆。 三條實美。松方正義。 大隈重信。山縣有朋。 西園寺公望 。桂 太郎。 山本權兵衞。寺内正毅。 原 敬。内田康哉。 高橋是清。加藤友三郎。 清浦奎吾。加藤高明。 若槻禮次郎 。田中義一。 濱口雄幸。犬養 毅。齋藤 實。 岡田啓介。広田…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

開きかけた 朝顔の鉢が 横倒しになっていた。 土は玄関の前に飛び散り、 青き茎は息吹を送る事なく 蕾の側に無造作に切断さ れていた。 朝から何人の人間が訪れては 去ったのか解らない。 娘と一緒に育てようとした約束の花は 開く事がなく、他人にとっては…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

コンタクトを 眼鏡に変え、 ありきたりの ヘンリーネックの Tシャツにジーンズ。 洗い髪を車の中で 気にはしたが、 比較的短めの髪が幸いして 乾いたが、スタイルはサマにならない。 どこでも居るような中年親父の格好だが、 眼鏡の奥の目は職業を隠せない。…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

教室に入り終えないうちに、 どよめきが起こった。 「すんげー美形!!」 「わあ、綺麗なんだぁ!!」 「やったー!!」 担任が制しても、 歓喜は暫く止まなかった。 宝石を観るような眼差しは、ただ一人を残してクラスの全員が、その少女の全て にうっとりと見と…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

「やはり解らないか・・・」 チワワの毛並みが美しい。 びざにおいた撫でる手には、 老班が濃い。 学校法人那珂川学園 理事長高村一蔵であった。 「あの地帯には、産廃物を 埋めているという良からぬ 噂があります。 あるいはそれがスキャンの 障害になって…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

二本のピンク色で らせん階段のような チューブ状のものが、 交差しながら山口博 の頭上にふうと現れた。 ボイジャー1号と、 敵対するアンノン 【不明物体】は、 今だ膠着状態にある。 互いに計りしれない強力な破壊光線を照射しているが、間に存在する透明…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

薫風が毒島の頭を 撫でた後、公園のいたるところに、 彼の心を伝えるかのように走り出す。 植物の季節はこれからだというのに、 冷たき喧騒が聞こえる。 めんどくさそうに煙草を取り出した毒島は 「じゃあ何か?その匂い袋はおめぇのばあさんの ものだってい…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

35億年前の地球。 水の存在と、 湿度の変動が 和らげられた環境の中で、 生命が誕生したと言わ れる。 原始の海が出来たあと、 大気や岩石に含まれていた 物質は、海の中に溶け込み、 紫外線などのエネルギーに よって結びあったり、 破壊されたりして、 様…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

国立R大学の講師から、 市島学長の強い要望があり、 常央大学に助教授として 序招聘されたのが一年前である。 山下道則は三日ほど取り替えていない 白衣をさも気にせずに教壇に立っていた。 「学名ドロソフィラ・メラノガスター。 黄色ショウジョウバエです…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

茨城県 龍ヶ崎ニュータウン。 盛大でもなく、 貧弱でもない、 ごくありふれた通夜の 日であった。横浜アリーナ 指定席A12。 手垢にまみれた タッキー&翼のコンサートの チケット。 「パパとママとゆかでねぇ、一緒に行くんだ!」 山口ゆかは勉強机から、何度…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

大勢の人間が、 エジプトで、 ナスカで、 カッパドキア、 イースター島で、 世界各地で、 年代こそ異なるものの、 星に祈りを乗せていたある日、 その物体は空から集団で飛来し、天変地異の喧騒の中にあった。 信仰していた星星は裏切る事なく使者を連れて来…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

それが人であれ、動物であれ、 植物であれ星に祈りを捧げた者は、 いかほどの 数になるだろうか。 祈りは幸せか、あるいは不幸か? 人間界では様々な思惑が充満し、 がんじ絡めになった細糸を、 ひとりで解こうと もがく時がある。 ひとりでは生きられない葛…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

「こちら職安ですが、 採用ご担当の山口さんは おいででしょうか?」 「ああ、お世話になります。 ビジネスホンの見積もりが 出来ました。山口さん、 おります?」 「焼却炉のダイオキシン測定の日程の件で、 山口さんをお願いしたいのですが」 「ちょっと相談…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

朝の柔らかな慈母の姿とは 恐ろしく色を異にし、沈み行く 太陽は血糊のようで あった。 一日の人間の行動に怒りを 唱えているのか、沈みながらも 神岡の網膜を焼く。 ドン、ドンというプレス音が、 生産現場から三百メートル離れた 社員専用駐車場に届いてい…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

穏やかな日和で風もなく、 三日前に降った雨は、 さほど水量を増さなかった。 常陸那珂川の流れは殆ど なく、波紋を広げたり、 跳ねたりと 魚にとっては 棲家を誇示しようと しているのか、 嬉々とした姿が見られた。 太公望たちは絶好の好条件にも 関わらず…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

ポンコツのスバル360が、 河川敷に止まっている。 持ち主はキイも外さず 笹笛を吹きながら、 釣り糸を垂れていた。 蓬髪でジャージ姿、 足には高下駄を履いている。 野っ込みの季節というのに、 【闇の殺し屋】死掛人 菊村貢のウキは一度も 動いていない。 …

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

キューバ葉巻の先の灰が ポトリと落ちたのは 何度目だろうか。 煙は咥内に入る事なく、 室内を彷徨う。 最新鋭の大型ディスプレイ だという画面下に、 日本の某巨大家電メーカーの 名が刻印されていた。 そのまた下にこれは隠れるように小さくJUNKOHITACHI …

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

茨城県南病院。 シルバーのジャガーXJRが、静かに病院玄関前に、止まった。 ドライバーズシートから降りた樺沢工業所東京統括本部総務課長大門英俊が、 後部のふたつのドアを代わる代わる開けた。 近くの小さな噴水池のベンチに腰をかけた樺沢取手の社員が、…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

「探したぜ、 貢さんよ」 眉に刺青を入れ派手な ストライブのスーツを 纏った男が、 人相のよくない二人を 背後に従え、 場違いな室内に のっそりと入ってきた。 「うん?・・・ なんだ・・・ てめえらか。・・・何の・・・ 用だ。今はオフライン の時間だぜ…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

「あ、主将でありますか? 今、通過しました。野郎は細身の長身でなかなかの イケメンです」 あるビルの屋上で、常央大学空手部三年、原島正巳は携帯をかけた。 「そうか。で、時間は?」 洩れた野太い声が、原島の携帯から、屋上に漏れる。 「十五分後、感じ…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

燐がゆらゆらと 燃えていた。 果てしない宇宙らしき 空間に、大きな 人魂が燃えていた。 いつの間にか現れたそれは、 山口の隣に語りかける ように、静止している。 暑さも寒さも感じられない。 善も悪も感じられない。 勿論恐怖なども ない。何故か山口には…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

数知れぬ星星らしき光芒の中で、前方にあるひとつの光点が変化して いる事を、山口は気づいた。 それは車のパッシングにも似て、中心にある光源が追い越そうと、膨らんで、 迫ってくるようであった。 光は虹を悪意に曲げたのか、光芒の輪郭に冷たい七色の氷…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

沢山の光の点滅が見えた。宇宙の真っ只のようでもある。下界で見ていた 星星の灯りだろうと思うには、なんとなく納得が行かなかった。光の瞬きが、 異様に早い。 ―――疲れました。洋子、・・・娘を頼む。 手帳を破り捨て書いた遺書と、折り方を忘れた不恰好な…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

東京都国立市郊外。株式会社樺沢工業所東京工場統括本部。 樺沢グループはそれぞれの会社が独立採算制を取っているが、東京工場が 事実上の司令塔である。 グループを束ねる代表取締役社長は、樺沢至、57才。 茨城取手工場の社長 でもあるが、非常勤であり、…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

「うん・・・? 人格の事を言ってるの ? 二重人格とか・・・?」 疲れた身体であったが、何を言っているのかとぎょっとし、樺沢辰巳の顔を まじまじと見た。眩暈が、する。一変に十も二十も、歳をとってしまったような、 もごもごとする口元を自覚した。 出始め…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

山口はカレンダーを見た。 税務調査となれば、過去三年間は振り返る。確実に三日間が潰れるだろう。 あるいは過去五年間の調査も多いことから、それはきつい日程になるだろ う。 月次決算書の作成日、締め切りが十日である。今日は四月二十九日。 五月十日ま…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

樺沢辰巳の実家は、東京都国立市。 一族は、株式会社樺沢工業所なる工場を経営していた。 歴史のある工場で、戦前は五菱重工の協力会社として、歩兵銃などを 生産していた。 戦後カメラの部品製造を経て、現在では、複写機、テレビやPCのディスプレイ などの…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

社会科。教科書の出題範囲を丸暗記する。98点。 国語。同様に87点。数学と理科と英語は嫌いなので、殆ど勉強などしない。 また勉強したとしても、高得点を取れない事を、樺沢辰巳は知っていた。 五教科の合計が350点。常央大洗高校の合格の最低の目安である…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

瞼の上に強いオレンジ色が重なった。 細く吊り上った眼が、パチリと、開いた。 寝起き特有のけだるい眼差しは見られない。 熟睡出来たのか、何かを直ぐに始めたかったのかは分からない。 空にしたウィスキーの瓶が、何本も転がっている。 ブラインドを閉めず…